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現世乱武小説
やさしいひと(小十佐)
*佐助side*





瞼に突き刺さる鋭い陽光に佐助の意識は引き戻された。

まだぼんやりとした頭を巡らせてみると、開け放たれた障子と弁当のような容器が視界に入る。


「……」


しばらくなにも考えることができなかったが、早朝にはあり得ない日差しに日頃の家事習慣が染み付いた体は急激に焦りだした。

間違いなく、寝坊。


「っ――…!!」


たちまち冷や水を浴びせられたように覚醒し、跳び起きようとしたところで背中や足、腕だけでなく頭にまで激痛が電流のように走りそれ以上動けなくなってしまう。
息が詰まるほどの痛みに顔を引き攣らせつつ改めて己の体に意識を向けてみると、どこと断定するには多すぎる箇所がひりひりと痛みだした。


「ってぇ……ん、あれ、」


そして気付いた。
見慣れた浴衣に包まれた体に、絆創膏がいくつも貼られていることに。

鈍く疼く頭と腰を庇いつつ、時間をかけてなんとか起き上がるが周りには誰もいない。
しかし襖の向こうの廊下を行き来する人の気配はしていて。


布団の隣に置かれていた自分の携帯を手に取ってみたが、電池が切れて画面は真っ黒だった。
時間もわからないままなんとなしに弁当のフタを開けてみるとそれは手付かずの天丼。寝起きの人間に勧めるには間違っているとしか思えない。


そのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。


「政宗様はまだか?」

「みたいっす。相当ぶち切れてましたからねぇ、オーナー」

「お帰りになったら新規のお客様の件伝えておいてくれ」

「うっす」


一人分の足音が遠ざかって少ししてから、遠慮がちに部屋の襖が引かれた。


「! …起きたのか」

「うん……おはよ」


どうやら喉も痛かったらしい。声を出すのがツラい。

呆然とした顔で部屋に入ってきたのは、少し疲れが見える小十郎。
上体を起こしているこちらに膝を擦ってにじり寄り、真剣な面持ちで切れ長の瞳が覗き込んできた。


「ツラいだろう、まだ寝てろ。水持ってくるか?」

「……、」


ふるふる。
何も言わず、頭に響かない程度に首を振る。

笑ってあげたいのに、笑顔ができない。
泣いてしまいそうだった。


大丈夫。
俺は全然なんともないんだ。

そう言って明るく笑いたいのに、唇を噛んで俯くことしか出来ない。
こうしているあいだにもまた心配をかけてしまっていると思うと自分にうんざりする。


いつからだろう。

……いつから、自分はこんなに弱くなってしまったのだろう。


「――…」


不意に、肩に手が回され逞しい腕に頭を包み込まれた。
引き寄せられるわけではなく、すっぽりと上から収められるような態勢はこちらにはまったく負担がないものだ。

そんなところまで優しくて。
本当にこの人は…。


「よく耐えたな。……お前は偉い奴だ」


体に甘く染み込む低い声。
俺を心の底から安心させてくれる、大好きな声。


「もう誰にも渡さねぇ…、」


本当は閉じ込めてしまいたいのだと、小十郎は暖かい声で囁いてくれた。
でも俺には判る。その暖かさに隠された、悲痛な響き。

こんなこと言わせちゃいけないはずなのに。
何をしてるんだ……俺は。


「ごめん……心配かけて。」


少し声が掠れてしまったけれど、ちゃんと伝わってくれただろうか。

軋む節々を無視して、ゆっくりとぎこちなく。
守るようにまわされた力強い腕に手を絡める。


ありふれた一言だけど、今の零れそうな思いを表してくれる言葉を。

ありったけの感謝と愛情を篭めて。



「――ありがとう」


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