現世乱武小説
俺の舌はデリケート(小十佐)
改めて幸村に電話をかけ直してみて、
今日は才蔵のところに泊まる
と伝言を預かった。
電話越しに幸村がものすごく怯えていたように思えたのは気のせいだろうか…
布団を敷き終えてそこに佐助を寝かせた頃、しんと静まり返っていた中で物音が聞こえた気がして、小十郎は救急箱を片手に事務所へと引き返した。
「お……なんだ片倉、帰ってたのか」
戻ってみると、こちらに気付いた綱元がそう言いながらタオルケットを片付けていた。
まだ完全に覚醒していないのか、瞼が重そうに見える。
ついでにずっとデスクに伏せていたからだろう、頬にはくっきりワイシャツの袖のあとが残っていた。
「ああ、さっきな。それよりお前…せっかくの飯食ってなかったのか」
積まれた三人分の弁当に視線を投げると、綱元は居心地悪そうに目を泳がせつつ頷いた。
「ん、まあ……あー、成実さんはもう帰らせた。若いのに残らせちゃわりぃしよ」
「お前も帰っててよかったんだが」
「ばっかやろ、俺まで帰ったらここ空になっちまうだろうが。鍵も持ってかねぇで二人して飛んできやがって…」
「……それもそうか。悪かったな」
確かに、鍵も持たずに飛び出した自分たちは施錠されてしまえば中には入れない。
開けておいてもらうということは同時に誰か残っていてくれなければ無人になってしまうというわけだ。
宿泊施設でそれはさすがにまずい。
ぽりぽりと頬を掻きつつ謝り、救急箱をデスクの上に置いてすっかり冷めてしまった弁当に手を伸ばすこちらを何故か綱元が凝視していた。
「………」
「…なんだ。俺の顔に何かついてるか?」
お前の顔にはついてるが。
「…片倉が素直だ」
「ああ?」
「うわぁ…明日は雨かよーちくしょー」
「うるせぇな!テメェ以外にはいつも素直だ。…おら、どうせ腹減ってんだろ。一緒にあっためてやる」
「おう、わりぃ」
弁当を二つ受け取り電子レンジで温めていると、思い出したように綱元が口を開いた。
「そういや…島さんは?一緒じゃねぇのか」
「ああ。たぶん今夜は帰ってこねぇから、残りの弁当も食っちまっていいぞ」
「いらねぇよ。どんだけ俺食いしん坊だよ。」
渋面で切り返し、綱元はそれとと続けた。
視線の先には、先程デスクに置いた救急箱。
「…なんかあったか?」
薄々感づいてはいるのだろう。
綱元の周りの空気が真剣なものにすうっと入れ替わっていくのが判った。
口外しないと決めた矢先一瞬打ち明けそうになるくらい、真摯で親身な瞳。
ピー、ピー、
「――…」
不意に高い電子音が鳴り、レンジが止まったと同時に我に返った。
綱元の問いには答えず弁当を取り出し、ひとつを未だこちらを見つめる男の前に置く。
「何ってほどじゃねぇさ。ただ佐助にひと部屋貸してやってるだけだ」
「……そうか。ま、必要なら声掛けろよ。断るかもしんねーけど」
からからと笑いながら割り箸を割って弁当をあける綱元に、小十郎は嘆息混じりに小さく笑い返した。
必要以上に干渉せず、無用な詮索もしない。
そんな同僚に感謝はすれど、それを言葉にすることは互いに望んではいなかった。
それきりその話題には触れず、小十郎は自分のデスクに戻り弁当のフタをあけて箸をとった。
随分時間もずれ込んでしまい空腹など感じなくなっていたが、立ち上る湯気にのった香りが鼻孔を擽ると思い出したように腹が減ってくる。
「ちょ…これあっちぃ!あっためすぎだ阿呆っ」
「ん、そうか?」
「テメェの大雑把な舌と違って俺のは繊細なんだよ!デリケートっ」
「…素直に猫舌って言えよ」
「うっせ!」
しばらく冷ます!などと断言して弁当を押しやる綱元が妙におかしくて、小十郎が箸を動かしながら喉の奥で笑うと猫舌の同僚は律儀に噛みついてきた。
時刻はそろそろ日付が変わる頃。
長い夜はようやく終わってくれそうだ。
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