現世乱武小説
バイオレンス真田(小十佐)
鍵がないので武田家に帰すことを断念し、小十郎は旅館・竜の住み処に戻ることにした。
政宗がいるアパートに向かおうかとも考えたが、佐助の矜持もあるし、何よりあの方に無用の心配をかけることだけは避けたかった。
それに今日は旅館に従業員は最低限しか残っていない。
綱元や成実ももう帰っているだろう。
偶然臨時休業日と被ったとはいえ……つくづく定休日というやつが必要な気がしてきた。
駐車場に到着するなり小十郎は後部座席にまわり、くてっとした佐助に羽織を掛け直して抱き上げた。
考えるまでもなく、佐助は満身創痍だった。
それを更に無理やり犯したのだ、本人はいいと言ってくれたが罪悪感は当然ある。
「…何してたんだ、俺は」
今思えば信じられない行為だ。
佐助を横抱きにしたまま器用に車をロックして裏口に足を向ける。
風呂に入れてやったほうがいいのかもしれないが、とりあえず明るいところで手当てをしてやるのが先だ。
コンクリートの上に転がされていたのだ、おそらく細かい傷などいくつかできてしまっているだろう。
館内は既にほとんどの電気が落とされていたが、事務所のドアからは薄明かりが漏れ出ていた。
こんな時間まで残る必要などないはずだが、と怪訝に思うと同時に佐助を人目に触れさせたくなくて適当な客室に運び込みそっと横たえる。
改めて事務所に向かうと、やはり一人だけ残っていた。
綱元だ。
「……寝てる」
デスクに突っ伏しているのかと思ったら、どうやら寝ているらしい。その傍らには出前で頼んでおいた天丼が三人前積んである。
成実は先に食べて帰ったのだろう。
「わざわざ待ってたのか…?」
普段は何かとぶつかっては口喧嘩の絶えない相手だが、こういうところは変に律儀で困る。
とっとと食ってとっとと帰っていればいいものを…
これでは休館日の意味がないなどと胸中で苦言を呈しつつも、つい笑みが零れてしまう。
まったく……こいつらしくて敵わない。
事務所に常備してあるタオルケットを引っ張り出して背中に掛けてやると僅かに呻いたが、それだけで目を覚ます気配はなかった。
そのまま起こさず棚から救急箱を出し、できるだけ音を立てないよう気を払って部屋を出た。
肘、背中、膝、頬…
見つけようと思えば小さな擦り傷はきりがない。
目に付く傷には消毒を施し、絆創膏で足りない大きさのものにはガーゼをあてる。
ひと通りの処置を終え、旅館の浴衣を着せてやる。
今晩はここで寝かせようと布団を敷いていると、ポケットに入れておいた佐助の携帯が鳴った。
手を止めてフリップをひらいてみれば、そこには旦那の文字。こいつの携帯で旦那といえば相手は真田幸村だろう。
そういえばあれきり連絡をしていなかった。
人の電話ということもあり一瞬躊躇ったが、結局それに出た。
ただし、小十郎はまだ知らなかった。
幸村の電話に出るにあたって気をつけなければならないことを。
「もしも――」
『うおおおおおさすけぇええああああ!!!!!』
「――…」
瞬間、風を感じるほどの爆音。
耳をつんざくというような鋭いものではなく、見えない巨大な手にビンタされたような感覚。
それはもはや暴力だ。
小十郎は意識するでもなく、まるで吹っ飛ばされたように携帯から頭を仰け反らせていた。
そしてそのこめかみにはじわじわと青い血管が浮き出てくる。
「………おい、真田」
『あああああ!!!……む?その声は片倉殿にござるかっ!佐助に言づてをお頼み申し…』
「テメェは…」
『た、い……?』
地の底から滲み出てくるような低く、暗く、怒りに満ちた声に電話越しの幸村も異変を感じ取ったらしい。
しかしもう遅い。幸村の大音声は小十郎の血管をも切ってしまったらしかった。
「テメェは俺を殺す気かっ!!」
『え、ええっ!なにゆえそのようなっ』
幸村がこのように慌てるのは、実はかなり珍しい。
が、そんなことは歯牙にもかけないのがこの男。小十郎は通話をぶち切って細く息をついた。
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