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現世乱武小説
気遣い組(小十佐)


少しすると見慣れた黒塗りのベントレーが見えてきた。
左近は佐助を抱きつつ預かっていた鍵で器用に車を開けると後部座席に寝かせた。


「ツラいだろうが…辛抱してくれ」


羽織りで体を隠し、左近は極力その肢体が人目につかないようドアをすべて閉めて運転席に乗り込んだ。
エンジンをかけるとエアコンを強でつける。


「…とりあえずこれくらいしか出来ないか」

「ありがと……島さん」


徐々に効いてくる冷房が気持ちいい。
火照った体の熱を外から奪っていってくれるような、そんな感覚。

しかし荒い息遣いはそのままの佐助に、左近は難しい顔をする。
媚薬の効果が切れるまで待つしかないといえど、何もしてやれないことが歯痒くて仕方ない。

熱を鎮めるには熱を発散するのが一番だが、散々に抱かれた佐助の体はおそらくぼろぼろになっている。
無理をさせることは避けたいところだ。


「……」


せめて今は、気を遣わせないよう席を外すのが一番だろう。
そう判断すると左近はエンジンをそのままに車を出た。


「すぐそこにいるから、何かあったら呼んでくれ」

「…うん」


左近は一度にこりと笑うとドアを閉めた。
途端に車内はエアコンの駆動音に満たされる。その合間に聞こえる自身の呼気が耳障りだった。


「はあー…」


…完璧に迷惑かけてる。
いっそ一発殴って怒鳴ってくれたら楽なのに、どうしてあの人は…

逆に謝られてしまった。
こちらのSOSにちゃんと気付いてくれただけでも感謝してるのに。不用意に外を出歩いて変な連中に捕まったのだって、旦那の心遣いを断った自分の責任なのに。


「…ばかやろ」


これ以上好きにさせてどうするつもりだ。

理不尽な文句を呟くと怠くて閉じていた目に熱いものがこみ上げてきて、涙が眦から頬に滑り落ちる。

助けてもらったのにも関わらず、体は刺激を欲して甘く疼く。
その疼きも次第に弱くなってきてはいるものの、完全に払拭するには至らない。
無意識に下肢に手が伸びるが、さすがに閉め切られた人の車の中でするのも憚られ ぎゅっと歯を固く食いしばってやり過ごそうとするが、なかなかうまくいかなかった。


少しすると、車の外からくぐもった話し声が聞こえてきて佐助は僅かに頭を持ち上げた。
真夜中だからか声は抑えられていて内容は聞き取れないが、左近が珍しく真剣な顔で小十郎に何か話しているのが見える。

しばらくすると、左近は先程の路地のほうへと足を向けてどこかに消えていってしまった。
それを見送りもせず、小十郎が振り返ると控えめに後部座席のドアをあけて顔を覗かせる。


「…まだツラいか」


二人掛けのシートを贅沢に横使いしている佐助の頭側のドアから訊ねる小十郎。
それを見上げるような体勢に邪な錯覚をしてどくんと胸が高鳴ったが、佐助は必死に笑顔を装った。


「もう平気。悪いけど家まで送ってもらえる?」


これ以上迷惑はかけたくない。
成実に誘われていたが、さすがに時間的にも体的にも厳しいし今日は大人しく帰ったほうがいいだろう。


小十郎はしばらくのあいだ黙り込んで何か考えている風だったが、やがて軽く目を伏せて判ったと頷いて一度だけ寝ているこちらの髪を撫でるとドアを閉めた。


本当はあの大きな手で、さっきまで知らない手に触れられていたところをすべてなぞってほしい。
体の中に残った気持ちの悪い残滓を掻き出して、代わりに熱くて愛しい精を注ぎなおしてほしい。

ぎゅっと胸の痛みを抑え込んで、顔をミラーで見られることがないよう羽織を頭まで引き上げる。
確か今夜大将はいないはず。早く家に帰って無理矢理にでもこの乱暴な快感から抜け出したい。


こちらのことを考えてか、普段以上にゆっくり滑り出す車に身を委ねると佐助は安堵して目を閉じた。


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