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現世乱武小説
夜の標的(小十佐)


才蔵の部屋でカレーを振る舞ってのんびりとしたひと時を過ごしていた佐助は、はたとあることを思い出した。


「いま……いま何時っ?」


外を見てみれば既に日も沈み暗闇が広がっている。
すっかり自分の部屋のように寛いでいた幸村が、床に転がりながら小首を傾げた。


「そろそろ8時だが……御館様のことは心配あるまい」

「棟梁殿は外出か?」

「うむ。上杉殿と飲んでおられるはず」


…違う。
俺様が心配しているのはそんなことじゃない。

今日は約束があったのだ。
夕方、しかもあの成実さんと。
とっくに夕方と呼べる時分は過ぎてしまったが…


「旦那、才蔵!俺ちょっと抜けるわ!」


別に約束をほったらかしにしたからといって成実は怒ったりしないだろう。
だけど、相手がどうこうという以前に個人的にものすごく気になる。

声を聞いてしまった。
何が起こったのか大体想像はついている。それもかなり大変な想像が。

真偽を確かめるべく出動してしまうのは野次馬としての本能というかなんというか…


「猿飛殿、急にどうした」

「ん、まあ…野暮用があってさ。旅館行ってくる」


怪訝そうな表情を見せる才蔵に苦笑いを返すと、思い出したように旦那がぽんと手のひらを拳で叩いた。


「成実殿のもとか!」

「そうそう、夕方って言ってたのすっかり忘れてたよ」

「しかしもう外は暗い。俺も共に参ろう」

「いや、旦那はここで待ってて。少し話したらすぐ帰ってくるからさ」


二人で押しかけたら綱元に悪いだろう。
成実さんのほうは喜んで話してきそうだけど。

笑って誤魔化す佐助に幸村は心配そうに瞳を曇らせる。


「夜道を一人では危険であろう」

「いくつだと思ってんの。地元だし距離もそんなに遠くないんだから大丈夫だって」

「しかし…」

「とーにーかーく!行ってくるからカギしめないでよ?」


まだ何か言いたそうな幸村を遮り、才蔵にじゃ、と片手を挙げて携帯だけ持つと佐助は部屋をあとにした。










外はさすがに蒸し暑い。
昼に比べれば断然気温は低いが、湿度は逆に上がってきているような気すらしてくる。

それにしても旦那もいつからあんなに心配性になったのやら。
誰に似たのかはあえて考えないとして、なんだか自分の専売特許を取られてしまったような…


複雑な気分になりつつ街灯の少ない通りに入ったところで、佐助はぽりぽりと頭を掻いた。

この妙に肌にまとわりつく気配。
間違いない。


――尾けられている。


とはいえ持ち物は携帯電話のみ。
財布の中身を狙っているのだとしたらとんだとばっちりだが、向こうにとってはどうでもいいことかもしれない。

ちなみに喧嘩にはそこそこ自信があった。
学生時代からよく髪の色のこともあって上級生に絡まれたりもしたし、才蔵との果たし合いなんて日常茶飯事だったから。


ただ気になるのは、どうやら尾けてきているのは一人ではないということ。

複数だが…足音や気配から三人ほどであることが漠然と判る。


「……」


車も通らなければ人も通ってはいない。
つまり、もし何か仕掛けられるとしたらおそらく今。


…こっちも急いでるんだけど。
面倒くさいなぁと胸中でぼやきつつ、佐助は自然な足取りで直角に伸びる脇道を折れた。
背の高い塀を利用し曲がってすぐのところで立ち止まる。
こちらを見逃したりしないようにと僅かに足音が急わしなくなり近付いてくる。


不用心に飛び出てきたのは二人。
咄嗟に佐助は一人の喉を掴み、同時にもう一人の腕を捉えると手首を返して相手をくるんと一回転させた。
見様見真似の合気道。背中から落ちる豪快な音に満足したかったが、最後の一人が一瞬視界の端を横切った。
はっとして一人の首を掴んだまま体を反転させようとしたとき、後ろから口と鼻を覆うように布が当てがわれた。


まずっ…


思ったときには既に遅く、ぐらりと体が傾き平衡感覚がなくなっていく。
気持ち悪いと感じる前に口の中に錠剤のようなものが数粒押し込まれ、地面に倒れ込む衝撃にも痛みはなかった。


…視界が霞む。
行かなくちゃいけないのに。


大好きな人の名を呼ぼうとしたが、口は反応してくれなかった。


意識から、ぷつんと切り離された。


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あきゅろす。
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