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現世乱武小説
大地と向き合う男たち(小十佐)
*小十郎side


やはり年中無休という看板は下ろしたほうがいいかもしれない。

臨時の休館日にしてみたその日、小十郎はしみじみとそれを痛感した。
大抵自分たちを含めた数人の従業員が泊まり込み、夜中の客や宿泊中の客の対応をすることになっているがそれは確実に負担になっているわけで。
疲労の色が濃くなれば仕事への取り組みも悪くなることは判っている。
まあ、もちろん毎日毎日忙しいわけでもないのだが。


ぐるぐると出口のない考えを脳内に旋回させていると思わず溜め息が出てしまう。
すると背後から苦笑が飛んできた。


「そんなデカい溜め息ついて……俺の幸せまで逃げますよ」

「そうか。作戦どおりだ」


適当な返事を返すと、後ろからよっこらせと年寄りじみた掛け声が聞こえて同時に立ち上がる気配がした。

振り返れば手についた土を払う長身長髪の男の背中がある。


「なんだ島、もう腰にきたのか」


言外に歳だな、と皮肉を込めて言ってやると、疲れた顔の左近がこちらを見下ろした。


「だからやだって言ったんですよ…畑仕事なんて」


そう、今、俺は島に畑仕事を手伝わせていた。


「なに言ってやがる、そんなに手拭いが似合う奴はそうはいない。カッコイイぞ」

「う、わ……そんなこと言わないでくださいよ、気持ち悪すぎて胸が痛いです」

「そうか。おそらく新種の病気だな。惜しい男を失った」

「…片倉さん、機嫌悪いからって俺を故人にしないでください」

「うるせぇ。今年は例年以上にアブラ虫が多いんだよ。食え、島」

「食いません」


言いながらまた膝を折りキュウリの間引きを再開する左近は、なんだかんだ言ってお人好しだ。
どちらかと言えばデスクワークを得意とするこいつに畑に出ろというのは我ながら無茶だったかと思ったが、無駄にタフなその肉体、夜の営み以外にも使わないと老け込む一方だろう。


「餞別に何か好きなのやるから、帰るとき適当に持ってけ」

「あ、じゃああっちのレタスいただいても?」


作業する手を止めずに顎でしゃくる左近の視線の先には、今朝採ったばかりのカゴからはみ出したサニーレタスが。

虫食いなどの被害もあわずに済んだあれなら、余所様に分けても恥ずかしくないだろう。


「ああ、石田と食うといい。あいつ野菜嫌いそうな顔してるからな」

「そうなんですよ……偏食家でね。まあ食べることは食べるんですけど、ピーマンとか苦いもののあとは即行でプリン掻き込んでます」

「……そりゃすげえな」


逆に気持ち悪くなりそうな気がするが…

きっと頑固そうな三成のことだ、左近が咎めても知らぬふりを通しているのだろう。
苦労ぶりに同情しつつアブラ虫をキュウリの茎から取り払うと、小十郎はゆっくりと腰を上げた。


「今日はこんなもんでいいだろ。付き合わせて悪かったな、島」

「いえ、どうせ一日暇でしたし。お湯借りてもいいですかね」

「それなら事務所の奥のやつ使え。俺もあとから行く」

「え…、あの、それって…」

「ん?」

「……片倉さん。お互い、貞操は守りましょ、ねっ?」


貞操…?
貞操って、つまり…


「……。だ、誰がテメェと風呂入るっつった!!」


ぴき、とこめかみに何かが浮き出る感覚を無視し、小十郎は指に摘んでいたアブラ虫を左近のほうに思い切り投げつけた。

が、小さなアブラ虫はすぐに見えなくなってしまい、相手もダメージは受けていない様子。…まあアブラ虫を投げられて痛いと言われても対処に困るが。


左近はすぐに冗談ですよと破顔して腰を上げると、旅館のほうに足を向けながら独り言のようにぼやいた。


「…こりゃ鬼庭さんも大変だわな」

「鬼庭?あいつがどうした」


聞き慣れた名前に反応して問うが、左近はいえ別にと苦笑するだけでそれ以上は言おうとしなかった。

まあいいかと思い直し、本日の収穫分のカゴを持って左近のあとに続きながら声を投げる。


「今日の昼は出前なんだが…コレってもんあるか?」

「そうですねぇ…丼ものでがっつりいきません?」

「じゃあ適当に頼んでおく。俺の奢りだからな、感謝しとけ」

「ははは、有り難くご馳走になりますよ」


館内の掃除が終わってすぐほかの従業員は帰したため、どうせ出前は俺とこいつ、そして鬼庭と成実殿だけだ。

なんだかもうビールでも空けたい気分になりながら、並んで涼しい室内へと戻っていった。


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