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現世乱武小説
心の支え(小十佐)


熟女の話のおかげで才蔵とも気まずくならずに済んだものの、いい加減この炎天下から逃げ出したい。

旦那の異常な順応性は俺にはないし、あまり関係ないかもしれないが才蔵よりほんの少し俺のほうが背が高い。つまり太陽に近いのだ。これは非常に大きい。
きっと三人の中で一番苦しんでいるであろう俺がどこか日陰に入ろうと持ちかけると、じゃあと才蔵が少し先にあるアパートを指差した。


「俺の部屋に来るといい。あれだ」

「あれって…才蔵こんな近くに住んでたのっ?」


学校まで100メートルもないような隣接したアパート。
そしてあそこはもしかしなくても…


「…親ちゃんと同じとこじゃん」


ぽかんとして呟くと、才蔵と旦那が目を丸くした。


「そ、そうであったか!して、元親殿はどこの部屋なのだ?」

「一階だよ。俺様行ったことあるもん。才蔵はどこ?」

「…俺は二階だ。二階の一番奥」


話ながら歩けばすぐに目的地に到着してしまう。
ポストの名前を見てみるが長曾我部の文字はない。そういえば遊びに来たとき、郵便物が鬱陶しいからいないふりをしているとか言っていたような気がしなくもないが…
乱雑に突っ込まれてはみ出したチラシや冊子を見る限り、とてもいないふりが成功しているようには思えない。

対する才蔵のポストはやはりというかなんというか、すっきりしていて逆に空き部屋のポストと大差ない。


「ちなみに親ちゃんの部屋そこね」

「…先頭か」

「元親殿らしいでござる」


親ちゃん曰く、せっかく学校に近いアパートなのだから同じ値段の中でも一番近いところのほうが得した気分になれるだろ、だそうだ。

カンカンと足音を響かせながら二階に上がり、才蔵に続いて奥の部屋を目指す。
このアパートは三階までしかないぶん横幅がそこそこある。ひとつひとつの部屋は小さいだろうがすべての階に五つの扉があった。


「日当たりが悪い部屋だからな。少しは暑さも凌げるだろう」


喜んでいいのか残念がったほうがいいのかよく判らない発言も今回ばかりは嬉しい。
鍵を開けて室内に促す才蔵に従い、靴を脱ぐと俺と旦那は才蔵の部屋へと足を踏み入れた。

廊下と呼べるものはなく、すぐ右手に短い通路が延びていてシャワールームと小さなキッチンがあり、曲がらずに数歩進めばもうリビングだ。
ちょうどシャワールームの上にあたるところがロフトになっていて、リビングの梯子から行ける仕組みらしい。


「おお!見事に日が入らんな、才蔵!」


ちょうど太陽が一番高い時分である現在でさえ薄暗い部屋に、旦那は感激して拳を握り込んだ。


「だろう。ベランダまでは当たるが中はさっぱりだ」


言われてみれば、確かにベランダにはさんさんと日の光が降り注ぎ暖かそうだ。
まあおかげで本当に涼しいのだが。


「じゃあ洗濯ものとかも干せなくはないんだ」

「いや、雨が降ったら厄介だからな。洗濯ものは風呂場に干すことにしている」

「へえ、一人暮らしだとそういう人も少なくないらしいね」


普通に会話をしながらも、俺はものすごく真田の旦那に感謝していた。

もし今日一人で才蔵に会って、一対一で告白なんてされていたらどうなっていたか判らない。
少なくとも、こんなふうに今までと同じように言葉を交わせていたとは思えなかった。

旦那のほどよく空気を和らげてくれる言動を今日ほど有り難く感じたことはない。
帰りにみたらし団子でも買ってあげよう。テスト中は我慢させていたことだし、きっと喜んでくれるはず。


「麦茶でも出そう。二人とも適当に座っていてくれ」

「気が利くー」

「かたじけないっ」


今だって好きだと言われて意識していないわけじゃない。
本当のところを言ってしまえば、心臓だってめちゃくちゃ騒いでる。
それでも平静を保って余裕ぶっていられるのも旦那のおかげだ。

ガラスの丸テーブルにつきながら旦那に口の動きだけでありがとうと告げると、予想通りというかなんというか、ぽけっとした間抜け顔で二、三度瞬きが返ってきただけ。

でもそれが俺をどれだけ助けてるか…なんて、旦那は考えもしないんだろうけど。


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あきゅろす。
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