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現世乱武小説
猿飛殿の好み(小十佐)


どれほど長い沈黙が下りたか知れない。
数分にも思えたその空白は、きっとほんの十秒にも満たなかっただろう。

沈黙を破ったのは才蔵本人だった。


「いつからかは俺自身判らん。だが…気付いたときにはもう猿飛殿を目で追っていたように思う」


顔を紅潮させ、懺悔するようにぽつぽつと言葉を紡いでいく才蔵。

何を言われてるんだろう。
おかしいな。おかしいな。
だって才蔵は…


「こ…じゅうろうさんから乗り換えたってこと…?」

「小十郎殿が何故でてくる。俺はお前に言っているのだぞ」


呆然として呟くこちらにむっとして切り返す才蔵に、今までぽかんとしたまま置き去りにされていた旦那が口を開いた。


「よもや才蔵……学校にいたときから既に佐助のことを…?」


何故かそう言いながら赤くなる旦那の言を受けて才蔵も俯くと、また顔を朱に染める。


「そう…なのかもな。……だとしたら随分と長い片想いだ」

「……」


自嘲気味に笑う才蔵に返す言葉が見当たらない。


「…だが佐助にはもう…」


もう、想い合っている人がいる。
そう繋ぎかけたが、旦那は言葉尻を曖昧に濁した。
バカがつくほど正直ではあるが空気が読めないわけではないのが真田の旦那だ。

だが、言いかけた台詞が気にならない人などいない。
例に漏れず才蔵も訝しげに眉を潜めた。


「…もう、なんだ?」

「え、っと…」


…ここではぐらかしたら、どうなるのだろう。
期待を、させてしまうのだろうか。
それともそんなことを考えるのは思い上がり?


そのとき、才蔵の片方の眉がぴくりと跳ね上がった。
視界の端でそれを認めた刹那、ずいっと首もとに才蔵の手が伸びてくる。
反射的に俺が半歩後ずさるのと旦那がその手首を掴んだのはほぼ同時。
だが旦那に一瞬制された手はそのままこちらに伸びてくるので、今度は避けずに好きにさせようと俺も動かずにいると耳の下の髪をさらりと払われた。

直後、旦那の顔が強ばるのが見えたがそれ以上に固定された才蔵の視線が気になった。


「……」

「才蔵…?」


微動だにしない才蔵を不思議に思い呼びかけると、糸が切れたような微笑が返ってくる。


「…そうか。そういえば以前、恋人がいると言っていたな。今のは忘れてくれ」

「え…、なんの話…」


訊ねかけて唐突に思い出した。
旅館から出る前、旦那に言われたことを。

咄嗟に首に手をやり押さえるが今更遅い。
…そこにあったキスマークは完全に見られてしまった。


「さ、才蔵っ、あのっ」

「いや、いい。」

あわあわと何か言い繕おうと試みるが、才蔵は小さく笑みを見せたまま軽くかぶりを振った。

「相手が誰かなど、俺が聞いたところで判らないだろうしな」


…いや、結構知ってる人なんだけど、などと言えるはずもなく。


「男の俺に好かれても迷惑だろう。前言っていた奴とはまだ続いているのか?」


俺が好いて好かれてるのも男なんだけど、というのも当然言えない。
ここはとりあえず合わせておいたほうが賢明……というかこれ以上ややこしくしたくない。


「う、うん、まあね…」

「年上だったな。28か9だったか……俺には縁のない年齢層だな」


うわぁ、すごく覚えてるよこの子…

引き攣り笑いでなんとか受け流していると、旦那も会話の流れを理解してくれたらしく口を開いた。


「さ、佐助は昔から熟女好きであったな!」


ええっ!!


「熟女…ということは俗に言うオバサンか。29はまだ熟していないと思うが…猿飛殿が好きなら仕方ない」

「や、ま…まぁ、そう……だね」


旦那のばか!
言うに事欠いて熟女好きって…!


「だが猿飛殿、俺は熟女が好きな猿飛殿に惚れたのだ。これからもそのままでいてくれ」


熟女とか…実際あまり興味はないが、才蔵の真摯な眼差しに俺は必死に口角を上げてみせた。


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