現世乱武小説
もしも俺が。(小十佐)
「…暑いのだ」
「昼間はもう本格的な夏だねー…」
学校の前に予定より少しばかり早く着いたため、縁石に二人で並んで腰掛けて才蔵を待とうということになったのだが…
7月下旬。
武田の家で育った俺たちは比較的暑さにも寒さにも強い。今の時期だって朝と夜くらいなら耐えられるとはいえ、さすがに昼にもなれば日差しの強さに負け始める。
肩を落とし雲一つない青い空を仰ぐ旦那の隣でぐったりとうなだれていると、聴覚が近付いてくる足音を捉えた。
「…お」
緩慢な動作で頭を上げて足音の方を見やると、胸が大きく開いたタンクトップの才蔵がズボンのポケットに手を突っ込んでちょうど歩いてくるところだった。
ものすごい真夏スタイルだ…
加えてスポーツ刈りだからなぁ才蔵。涼しげに見えてなんとなく悔しい。
俺が負けじとシャツの袖を肩まで捲り上げていると、一瞬足音が消えた。
おそらく俺の奧にいた旦那に気付いたのだろう。旦那も才蔵に気がついたらしく、今までの暑さにだれていた様子など微塵も感じさせずにすっくと立ち上がった。
「久しいな、才蔵」
「ゆ…きむら…」
唖然として立ち尽くす才蔵の瞳からは明らかに戸惑いの色が滲んでいた。
…やっぱり旦那も一緒だって連絡したほうがよかったかな。
今更なことをちょっと考えながら、二人の直線上に立たないようにして縁石から腰を上げる。
「俺様が才蔵に会うって言ったら来たいって食いついてきてさ」
「…だが、俺は…」
視線を地面に落とし口ごもる才蔵の垂れた手を、唐突に旦那が握った。
びくりと怯えるように才蔵の肩が跳ねるが、構わずに旦那は口を開く。
「聞け、才蔵。俺は真田応援団の規模にこだわったことはただの一度もない」
真田応援団…
聞き慣れない名詞に俺は首を傾げたが、才蔵には伝わっているらしい。特に引っかかっている様子もなく俯いている。
「同好会という形であっても、学校で活動ができていることを誇らしく思う。大太鼓はおぬし専用故、代わりに甚八と鎌之助が足踏みで音を作っている」
…大太鼓の代わりが足音って…どうなんだろう。
笑いそうになる口元を叱咤する俺の隣では才蔵が神妙な面持ちで聞いていた。
自分のポジションを空けておいてくれている。いつ帰ってきてもいいように。
それまで口を引き結んでいた才蔵が、恐る恐る顔を上げた。
「俺を……恨んではいないのか…?」
「俺も皆も、初めは驚いただけだ。誰も恨んでなどおらぬ」
不安げに揺れる瞳をまっすぐ見据えて、旦那は力強く頷いた。
それがどれほど救いになるか、きっと成長した今の旦那なら判っている。
「…ありがとう。…幸村」
「いや、それより才蔵!夏休みは俺も佐助のもと現場に入ることになった。よろしく頼む!」
がばりと頭を深く下げる旦那に才蔵は微笑し、掴まれていた手を握り返す。
「俺とてまだまだだ。共に学ぼう」
「あ、そのことなんだけどね、才蔵。」
ちょうどいい流れに乗っかってしまおうと、俺は横から口を挟んだ。
「俺様が旦那につくから、才蔵は小太郎に教えてもらうようにって大将が」
「え……そ、うなのか?」
驚く才蔵に頷き、悪戯っぽく笑う。
「かすがのほうがよかった?」
「いや、金髪殿は目のやり場に困るからな…」
男なら誰しも悩まされる点がそこだ。
下心なく、見事なプロポーションに感心しているだけでも射殺さんばかりの眼差しを向けてくるのだから。
怜悧な視線をありありと思い出してしまいぞっとしていると、視界に俯く才蔵の姿が映った。
どこか深刻そうで、からかっていい雰囲気ではなさそうだ。
「才蔵?大丈夫?」
「…ああ。……なぁ猿飛殿、」
「うん」
「……俺がもし、」
どこがどう繋がって突然あんなことを言われたのかは判らない。
ただただ、驚くばかりで、ろくな反応も咄嗟に返せなかったと思う。
だって、言われた内容を理解することはできても信じることはできなかったから。
――猿飛殿が好きと言ったら、どうする?
才蔵のいつもの平板な声に滲んだ緊張は、それが冗談であるということを言外に打ち消していた。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!