現世乱武小説
飲み友(小十佐)
昼を過ぎて、家を出る時間を旦那に伝えた。
待ち合わせ場所は旦那たちが通っている学校の前。どちらの家からもそこまで遠くはないはずだという才蔵の気遣いが見て取れる。
「腰のほうはどう?」
「うむ、問題ないぞ。学校まで走ることもできそうだ」
恐るべし旦那の回復力。
渾身の押忍も体になんの負担もかけなかったようで、快調というのも虚勢ではないらしいことが窺えた。
「…それが若さなのかなぁ」
「む?」
「あ、いや、ええと……そ、そうだ!無人島の日程ってどんな感じ?出来れば仕事の間ってのは避けたいからさっ」
旦那には今回、最初から最後まで作業の流れというものを見てもらうことになる。
卒業後すぐにとは言わなくともそこそこ動ける人材になっていてほしいという願いは、大将だけじゃなくて俺も一緒。
だからどうしても、幸村の夏休みのビッグイベントである無人島旅行とのバッティングだけは回避しなくては。
その考えは旦那にも伝わったようだが、復活したばかりの青年はしゅんとして大きな目を伏せた。
「…それが、テストのことばかりでその話は進んでおらぬのだ。元親殿に連絡を取らねばなんとも…」
なるほど。
聞くところによれば、旅行に行く面々は意外にもテストに真面目に取り組んでいたのだとか。
夏休みの話題が出ないのも仕方ないといえばそうだ。
「ん、わかった。なるべく早めにね」
「心得た!」
ぶんぶんと勢いよく首を縦に振る旦那を見ると、仕事優先にしてほしいというお堅い願望も甘くなってしまいそうになる。
しかしここまで言っておけば何事にも一生懸命な旦那のことだ、今夜にでも親ちゃんと話をつけるだろう。
確か親ちゃん、今日から旅館のバイト始めるんだよね。
成実さんにも夜おいでって言われてるし、向こうに行ったらちょっと冷やかしてやろうっと。
「それでは御館様!この幸村、行って参ります!!」
「いってきまーす」
「応、気をつけてな。……そうじゃ佐助、」
「はい?」
名を呼ばれて玄関からまさに出ようとしていた足を引っ込めて振り返る。
「実は今宵も飲み明かす約を交わしておってな」
「ああ、その上杉さんとですか?」
大将はどことなく嬉しそうに微笑み頷き、夕飯は気にするなとだけ告げると家の中に戻っていった。
確か上杉の謙信さんと大将は古い知り合いだと言っていたが…どうやら飲み友達らしい。
あの大将と並んで飲めるってことは謙信さんも余程大酒飲みなんだろうな。
あんな女顔なのに……ってのは関係ないか。成実さんだってビール大好きみたいだし。
俺の周りは酒好きばっかりだと内心苦笑していると、不意に手を引かれた。
「行くぞ佐助、待ち合わせに遅れてしまう」
「ん、そうだね。行こっか」
促されるままに歩き出す。
用件はよく判らないが、せっかく歳が近い者どうしなのだから楽しめたらいい。
旦那と才蔵がうまく話せるかは正直ほとんど心配していない。
だって、真っ直ぐな旦那と不器用だけど素直な才蔵だ。誰かに気をまわすことしか考えられない俺が出る幕はない。
…そう思って軽い気持ちでいられたのは、今だけだった。
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