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現世乱武小説
鶏卵の成れの果て(小十佐)


「御館様ぁ!幸村っ、ただいま戻りましたぁあ!!」

「ただいまー……ん?」

「…む?」


腰を庇って勢いに乗り切れないながらも、玄関を開け放つ旦那に続き我が家に足を踏み入れたとき、嗅覚が嗅ぎ慣れない微妙なにおいを捉えて思わず足が止まった。
旦那もそれは同じらしく、同じようにはたと固まる。

嗅ぎ慣れないけど、嗅いだことのあるにおいだ。
滅多にそんな機会はないけど、家にいてちょっと家事なんかを集中してやるとこんなにおいが台所から…


「……焦がしたときだ!」

「お、お?佐助っ?」


弾けるように顔を上げると、困惑する旦那を置いて靴を脱ぐのもそこそこに台所に直行する。
ドアを突き破らん勢いで飛び込むと急激にむっと焦げ臭いにおいが増して思わず顔をしかめた。

ガス台の前に立つ我らが大将が途方に暮れたような切なげな表情でこちらを振り返る。


「佐助か……すまぬが手を貸してくれぬか」

「その前に窓開けましょ窓!」


においの元凶は確認するまでもなくフライパンの中から。もはや湯気というより煙に近いものがもくもくと立ち上っていた。
とりあえず空気を入れ換えようと、換気扇を回して窓を順々に開け放していく。

そして出来れば見たくなかったが、恐る恐るフライパンの中身を覗き込んでうっと息を詰めた。


「……大将、これなんです?」


ひたすら真っ黒で、小振りながらずんぐりとした物体。
後ろに控える大将に低い声で訊ねると、難しそうな唸り声が返ってきた。


「目玉焼きじゃ。おぬしの真似をしようと思ったが…」


……目玉焼き。
この漆黒のオブジェに至るまでに一体どれだけ放置したのだろう。
俺は静かにヤカンを掴むと、もとがひとつの鶏卵だったとはとても思えないそれに無言のまま水をかけた。











「手間をかけさせたのう、佐助」

「いや、朝飯用意して行かなかった俺が間違いでした」

「御館様が苦戦なさるとは……某がやったらどうなっていたのでござろう」


旦那だったらたぶん火移ってたよ。
胸中で呟いて軽く溜め息をつく。旦那に揚げものをチャレンジさせたときに比べたら今日のことなんて可愛いものだ。
油に火が入ったときは本気で命の危機を感じた。


一通り片付けを終えて、だいぶ空気もまともになってきたところで大将にインスタントのラーメンを用意した。


「それにしても大将、今朝は遅かったんですね?」


いつもなら5時や6時に起きている人が、10時をまわってから朝食なんて。

不思議に思って言うと、大将は機嫌よくにんまりと笑った。


「昨夜は上杉のところで飲み明かしてな」

「兼続殿の家ですな!」

「謙信さん来てるんすか?」

「うむ、以前世話になった設計士の島殿を覚えておるか?あの御仁に会うついでに、わしや兼続とやらの顔を見に来たらしい。相変わらず食えん奴じゃったわい。せがれの景勝とやらもなかなかの器よ」


ああ、そっか。
大将は俺様たちが仕事以外で島さんと付き合いがあることを知らないんだ。

よほど昨夜の飲みが楽しかったのか、満足そうに饒舌に話す大将。
話の腰を折るのも申し訳なくて、結局口を挟むことはしなかった。


「おお、それとな佐助よ。来週あたりから次の一件の作業に取りかかってほしい」


満面の笑みから一転、大将は思い出したように真面目な顔になって口を開いた。


「あ、了解っす。じゃあメンバーにも連絡回しときますね」

「うむ。幸村、おぬしも今回は現場に入るとよい」


唐突な指名に旦那が居住まいを正す。
脳天から生えた糸を引っ張られたかのような動きについ笑ってしまったが、本人は俺には構わず目をきらきらとさせた。


「よっ、よろしいのですか御館様…!!」

「少しずつ場の雰囲気に慣れてゆくのも大切じゃ。才蔵を風魔に任せる故、幸村のことは佐助に一任する」

「お、よろしくね。旦那」


小太郎と才蔵が何故か馬が合うというのは俺から大将に報告済みだ。
どうコミュニケーションを取っているかは謎だが、とりあえず才蔵には粗方作業工程は教えたのだ。忘れている部分もあるだろうが、一から訊くことはないと思う。

すっかり畏まっている旦那に微笑を向けると、旦那は既に燃えているのかものすごくキレのある動作で腕を胸の前で交差させ、ばっと肘を引いた。応援団長直々の押忍だけど…腰に響かないのかな。


「頼むぞ、佐助っ!どのようなことでも申し付けてくれ!!」

「あはは、最初は無理させないから安心してよ」


真剣な旦那の気を和らげるように笑いかける。

才蔵の次は旦那の教育系か…
気合い入れなおさないと、そのうちマジで抜かれるかも。


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あきゅろす。
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