現世乱武小説
思わぬ誘い(小十佐)
ひとまとめにした布団の上に枕をぼふんと置き、慎重に腰を伸ばして改めて小十郎に向き直る。
小十郎は未だ真面目というか、神妙な面持ちでこちらに近寄るとおもむろに手を伸ばして腰に触れてきた。
「お前は…大丈夫なのか?」
「あ…うん。小十郎さんが下に布団敷いといてくれたのがよかったんだろうけど」
布団を見やりつつそう言って笑うと、小十郎は心底ほっとしたように息を吐いて肩を下げた。
「…そうか。お前のことだからまた無理してんのかと…」
「だいじょーぶ。あんたとのことが原因ならなんだって耐えられる……つーか辛かったらそう言うから」
そこまで心配してくれていたのかと思うと嬉しすぎて自然と頬が緩む。
「あ…じゃあ伊達の旦那だけ学校行くってこと?」
「正確には真田以外だな。…お前、長曾我部と直江のこと忘れてるだろ」
「あ」
そういえばその二人で一部屋使って寝たんだっけ。
旦那たちのことと鬼庭さんたちのことで頭がいっぱいになっていた。
こちらの判りやすすぎる反応に小十郎が渋い顔をしたが、すぐにまあいいと呟いて背を向けた。
「今日は臨時の休館日にするそうだ。好きにしてていいぞ」
それだけ言って、小十郎は部屋から出ていってしまった。
休みといっても仕事はあるのだろう。
だから朝が遅かったのかと一人得心していると、携帯電話が不意に振動した。
床に放置されていたそれを拾い上げてフリップを開くと、こうしてデジタル表示で見るのはおそらく初めてであろう人物の名前があり思わず固まった。
…確かに横の繋がりは必要だといって番号は交換したが、電話はかけるのもかかってくるのも初めてだ。
それも、つい先日気まずい別れ方をしてしまっただけに緊張せずにはいられない。
いや……頑張れ俺。
大丈夫だ。
ひとつ深呼吸して、佐助は通話ボタンをゆっくり押した。
「……もしもし?」
『ああ…猿飛殿か?霧隠だ』
控えめな口調はいつもと変わらない。
こちらが勝手に意識しすぎているだけなのだろうか。
至って普通な相手の態度に、張り詰めていた緊張の糸も少しばかり緩む。
「どうしたの、才蔵」
『猿飛殿……今日、空いているか?』
「え…」
一瞬、聞き間違いではないかと疑ってしまうような発言に言葉が出ない。
『いや、無理ならいい。都合があるならそっちを優先してくれ。特に急ぎの用ではない』
「あ、や……用は別にないんだけどさ、その…」
なんで?
その一言は今佐助が抱く疑問をすべて解決してくれる一言で、反面相手に対してかなり失礼な一言でもある気がした。
ここは何も訊かずに頷いてやるのが一番いいのだろう。
「――うん、大丈夫だよ」
『ほ、本当かっ?じゃあ…』
指定された待ち合わせ場所を頭に叩き込みながら、急に嬉しそうに声音を明るくした才蔵に首を傾げる。
あんな声、はじめて聞いた。
てっきり小十郎のことかと思って内心構えていたのだが…
もしかしたら単純に買い物や何かに付き合ってほしいだけなのかもしれない。
「判った、じゃあそこに1時くらいでいい?」
『うむ、それで頼む。……いきなり悪いな』
「何しおらしくなっちゃって…気にしないでよ。旦那のテストも終わったから一段落してたんだ、ちょうど」
『…そういえばそんな時期か。真田の出来栄えについても訊くことにしよう』
「あははっ、了解。じゃあ1時にね」
相手が切るのを待ってから、佐助はフリップを閉じた。
逃げ出すように才蔵が帰ってしまったときのことを思い出して心配していたが、いつもの調子みたいで本当によかった。
結局なんの用事かは訊かなかったし才蔵も口にしなかったが、あの子は何かを隠せるタイプじゃない。
つまり重い話題なんかじゃないってことだ。
小十郎のことが好きだから、身を引いてほしい。
万が一そんなことを言われたらどうしようかと思っていたが、それもなさそうだし、果たし合いの仕切りなおしならそうだと言ってくるだろう。
初の才蔵との外出。
まさかあの才蔵とそういうことをする日が来ようとは。
なんだか変な感じはするが、楽しみには違いなかった。
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