現世乱武小説
痴話喧嘩(小十佐)
な、なんて言えばいいんだ…
小十郎が待つ大部屋に向かう佐助の足取りは重い。
だがあまり遅くなっても小十郎を心配させるだけだし、うまい逃げ道を見つけ出せないまま結局帰ってきてしまった。
小十郎はほかの従業員らと混じって片付けや掃除を進めていたが、佐助に気付くなり歩み寄ってくる。
「…どうだった。何かされてなかったか?」
何かと言えばそれはもう大変なことをされていたのだが…
しかしこれをもし小十郎さんに言ったとして、鬼庭さんの矜持はどうなる?
あの人にもプライドというものはあるはず。
よりによって何かと衝突する小十郎さんに知られるのが一番辛いのではなかろうか。
……うん。
俺様は何も聞かなかった。
「大丈夫だったみたいよ?覗いてみたけど、普通に寝かせてた」
…ごめんね小十郎さん。
あんたに嘘なんて吐きたくなかったけど…
うちの旦那を救ってくれた気のいい鬼庭さんが可哀想すぎるから。
「そうか……まぁ、成実殿もそこまで人でなしじゃないよな…」
小十郎はどこか腑に落ちないような顔をしつつも、軽く頷くと佐助の肩を軽く叩いた。
「悪かったな、偵察みてぇな真似させて。
お前はもう休め。真田も政宗様と一緒だし、今夜は泊まるんだろ?」
「や、片付け任せて俺様だけ寝るなんて出来ないって」
慌てて言うが、小十郎は小さく笑って室内を振り返った。
「じきに終わる。それに既に寝た奴だっていることだしな」
「洗いものくらいやらせてよ。寧ろそっちが休みなさい」
「俺はこれが仕事だからいいんだよ。お前は本業トビだろうが」
「関係ないー。今の俺様はここのお手伝いさんだよ」
互いに食い下がり続けて次第にヒートアップしていく。
「じゃあ支配人命令だ。今すぐ退勤して寝ろ」
「従業員の意思くらい尊重してください」
「テメェ…」
「支配人っ、佐助さん!」
「あ?」「え、」
リーゼント頭の男は唐突に声を張ると、拳を握りしめて何かを抑え込むようにして呟いた。
「…痴話喧嘩なら余所でやってくだせぇ……後始末なんてとっくに終わっちまいやしたから!」
「ち、痴話喧嘩ってお前な…」
「…あ、みんなもう撤収してる」
よくよく見てみれば既に残っている従業員はリーゼントの男一人。
佐助が引きつり笑いでぼやくと、リーゼントはわざとらしい盛大な溜め息をついてみせた。
「あんた方が親切の押し付け合いしてるあいだに済んじまいましたよ。
…オーナーがおっしゃってましたけど、とっとと二人でデートしてきたらどうッスか?」
「伊達の旦那が…?」
小十郎とその話をしたのはつい先程。
まさか政宗が覚えていて、しかも本気にしていたとは驚いた。
小十郎も同じことを考えていたらしく、瞬きを繰り返すばかりで言葉が出てこない。
「はい。さっきですよ、部屋に行かれる前。
支配人と佐助さんを行かせてあげないとって」
「そう、だったんだ…」
リーゼントの言葉に曖昧な相槌しか打てない。
この煮え立つような腹の底から湧き上がる熱い感情…
佐助は自身の肩に置かれたままだった小十郎の手を取り、零れる笑顔を隠すように俯いた。
「やばい……すっげぇ嬉しい」
「…それ二回目だぞ」
「だって嬉しいもんは嬉しいんだからしょうがないでしょー」
にやける佐助と、それを見て微笑する小十郎。
こんな甘ったるい雰囲気に、あのリーゼントが耐えられるはずがなかった。
「あんたらぁ……寝ろっ!もう寝ろ!ひとつの布団で寝てしまえっ!」
今にもものを投げつけんばかりの勢いに圧されて、小十郎と部屋から逃げ出した。
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