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現世乱武小説
知らないほうがいい?(小十佐)


着替えの服など持ってきていないので、予備で事務所に設備されているものを借りようと通路を歩いていたが、ふと考え直して佐助は事務所前をそのまま通り過ぎた。
オーナーや支配人と繋がりがあるお手伝いさんであっても、勝手に事務所からものを借りるのはまずいだろう。

宴会が行われている部屋に顔を出そうとして、異様に盛り上がっているらしいその部屋の障子を開けるのを少しばかり躊躇する。

…なんだろう、笑い声とかそういうのじゃなくて、雄叫びみたいな…

およそ人間のものとは思えない奇声の数々に、やっぱり勝手に借りてしまおうかなどと思い悩んでいたとき、前触れなく目の前の障子が内側から開かれた。


「おぅわっ」

「あっれ、佐助さん!もう戻ったの?もっとにゃんにゃんしててよかったのに……あれ、かたくーは?」


障子を後ろ手に閉めながらきょろきょろしているのは、オーナーの政宗と似て整った顔立ちをした髪の長い青年。


「あ、いや…小十郎さんはまだ外。成実さんは何しに…?」


まさか偵察、なんてことをしようとしていたわけでもないだろうが、相手が相手なだけについ構えてしまう。

作り笑顔にならないよう注意して訊ねると、成実は答えつつ足を進めた。


「オレは普通にトイレだよ。かたくー置いてきぼりってことは何、忘れもん?」


なるほど、確かにこの方角はトイレだ。

こっそり安堵し、佐助も警戒を解いて本題に入った。


「やー実は事務所からちょっと服借りたいんだけど…いい?」

「うん、構わないよ……てかわざわざ断りにきたわけっ?」

「まぁ…一応ね、俺の家ってわけじゃないしさ」

「はぁー感心…さすがだよー。外でもお構いなしかぁ」

「え。…いや、え?」


まずい…
何か違うところに感心された!


「ま、下が芝生とかじゃ痒いし集中できないもんね。うん!好きなだけ服持ってっていいよ!遠慮なく敷いちゃって。なんならシーツにする?」


…ほらね。
そうやって先走って、俺様たちをどこでも盛っちゃう変態に仕立て上げるんだ。

ふふ、ふふふ…と薄く力なく笑い、佐助は静かに訂正した。


「違うよ。そう、違うんだ。俺様たちにそんなつもりはなくてね、単純に酒零したから替えの服が欲しいだけなんだ」

「な、なんか佐助さん笑えてない…!うわ、怖い!怖いって!」


それから成実はすみませんでしたと体育会系のノリで誠意を込めて謝り、トイレを済ませてから佐助を事務所に連れて行った。

キャビネットの下段から平べったい衣装ケースを引っ張り出し、適当に選ぶように言うなり部屋に戻ろうとするので、この際だと佐助は成実を呼び止めて恐る恐る疑問をぶつけてみた。


「あのさ成実さん…、旦那や鬼庭さんたち……何やってんの?」


すると成実はぴたりと足を止め、首だけを半分こちらに振り向けてにたりとした笑顔を向ける。


「……気になる?」

「えっと…」


な、なんだろう、この背中を伝う冷たいものは…
警鐘?関わっちゃいけないっていう第六感からのお告げ?

佐助はごくりと生唾を飲み下すと、努めて爽やかに首を振った。


「…い、いや?全然?」

「そう?…まぁ、佐助さんになら事後報告だけしてあげるー!楽しみにしててよっ。じゃ、お互い頑張ろうね!」

「あ…う、うん。……頑張る?」


ひらひらと手を振って事務所を出ていった成実の背中を見送り、なんだかやっぱり勘違いされている感を拭えないまま佐助は衣装ケースを漁った。


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