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現世乱武小説
覚えてます。(小十佐)


従業員が出入り口として利用している裏口を出てすぐの石段に腰掛けると、こちらに倣うように小十郎がその隣に座る。

空調が効いていた中に比べて外は夏特有の湿気でじっとりしているが、それでも隣の男は文句も言わずについてきてくれた。

徳利なんて気の利いたものは持ってこなかったため、そのまま日本酒の瓶を差し出すと小十郎は軽く笑んでお猪口を持った手をあげた。


「…成実殿はやんちゃな方だろう」

「え…」


低く芯のある声に唐突にそう言われ、ぎくりとして顔を上げる。
しかし小十郎は目を伏せたままお猪口にたゆたう酒を楽しみ、一気に飲み干してしまった。

次いで固まる佐助の手から瓶を受け取り、お返しとばかりに手酌してくる。


「毎度悪戯に付き合うのもなかなか骨が折れてな」

「……は、ははは…なんだ気づいてたんだ」


苦笑して並々に注がれた酒を口に含む。

成実がいきなり綱元にタックルした理由を小十郎はなんとなく悟っているらしい。
そしてそれに付き合わされている佐助を労っているようだが、綱元といたことへのヤキモチについては感づいていないとみた。
……よかった。一番伏せておきたいところだもんな。


「…なあ、佐助」

「ん、なに?」


ふと思い出したように、小十郎が虚空を眺めながら口を開いた。

鈴虫が鳴く涼やかな羽音が耳に心地いい。


「前に、政宗様と真田たちに旅館を任せて二人で出かけようって言ってた話、覚えてるか?」

「ああ、確か才蔵にも頼んでみようとか言ってたよね。覚えてるよー、俺様楽しみにしてたもん」


にっと笑ってそう言うと、そうかと相手も微笑した。

胸ポケットから煙草を取り出して、うちの一本をくわえる小十郎の様子があまりに自然だったから特に頭がまわらなかったけど…


「も…もしかして考えてくれてんの?」

「…まあな」


年中無休の旅館。
働きにきている従業員とは違って家も同然な小十郎と政宗に、通常休みなどあり得ないのだろう。
そんな中、いくらオーナーの許しが出たところで支配人という立場上素直に頷くことは難しい。

そう思っていた佐助にとって、小十郎の返事は大きな喜びを抱かせた。


「……」

「…佐助?どうし――」


考えるより先に、体が動いていた。
隣に座る小十郎に思いきり抱きついたのだ。

空だった佐助のお猪口とは違いまだ中身が残っていた小十郎のそれがひっくり返り、反動で足が濡れたのも気にしない。

小十郎さんと、二人きりで外出…


「おい、なんなんだいきなり…」

「やっべ……あーなにこれ、やっばい嬉しい…」

「佐助…」


困惑しつつも笑ってくれる小十郎の腹に頬ずりすると、火もまだついていない煙草を指に挟んだ大きな手が宥めるように背中をさすってくる。

どうしよう。
幸せすぎて顔がにやける。


「ねえ、どこ行こっか」

「日にちも決めてねぇのにせっかちだな」

「せっかちで結構!俺、あんたとならどこでもいいよ」

「…嬉しいこと言うじゃねえか。じゃ、目的地決めずにちょっと遠くまで車飛ばしてみるか」

「おおおいいねっ!」


がばりと頭を上げてにやけたまま首肯すると、小十郎もふわりとした笑みを返してくれた。

が、その目が佐助の太股にできた酒のしみを認めるとぴくりと小十郎の眉が跳ね上がる。


「お前な…子供じゃねぇんだぞ」

「あーいいよ、乾く乾く…」

「よくねぇ。今すぐ着替えねぇと今の話ナシだ」

「すっ、すぐにでも着替えさせていただきます!!」


気を付けでもしそうな勢いで立ち上がり、佐助は反転して館内へとダッシュした。


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あきゅろす。
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