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現世乱武小説
もう揺らがない(左三)


「…左近、確か『早く帰れれば明日の勉強も早く出来る』んだったな?」

「えーと…そ、そうでしたっけ?」


空の太陽は既に西に傾き、姿を隠そうとしている。

倒れたシートにうつ伏せで転がったまま運転席をじろりと横目で睨むと、左近が気まずそうに笑って頬を掻いた。
すっとぼける左近に別にいいがと呟き、背もたれにしがみついて嘆息する。


和解したあと、結局甘い雰囲気になって情事になだれ込んだのだが…
お互い久しぶりということに加えてのカーセックス。…ほどほどにというほうが無理な話だった。

これで明日固い椅子に長時間座ってテストを受けなくてはならないというのはいくらなんでも辛いと思う。
そのことを考えると恐怖で仕方ない。


「…ま、俺は前日に慌ててやらねばならんような勉強の仕方はしていないつもりだから構わんが」

「…ははは、ありがとうございます」

「それよりも早く風呂に入りたい」

「じゃあ帰ったらすぐにでも準備しましょう」


わがままにも嫌がる風もなく微笑して頷いてくれる左近。
何も心配しなくても、いつでも俺のことを一番に考えてくれている。

確かめ合わなくても判ることなのに。
視野が狭くて、一人でぎくしゃくした空気を作り出していた。


「…左近」


エンジンをかけ、窓を全開にしてゆっくり車を滑らせる男に声を投げる。
自分でも驚くほどその声は落ち着いていて、心境の変化が如実に顕れているのだと自身でも判った。


「なんです、三成さん」


窓から流れ込んでくる風が気持ちいい。
後ろ髪が風に揺れるのを感じつつ、俺は口を開いた。


「もう大丈夫だ。……俺は揺らがない」


目を見てちゃんと言いたかったが、なにぶん腰が痛くて捻ることなど適わない。
背もたれに抱きついたままの言葉ではあったが、今までの何よりも穏やかで。


「俺はずっと前から三成さんだけでしたよ」


返ってくる左近の声も優しく、強くなった心の外側を暖かくほんわり包み込んでくる。



愛情なんて言葉は、字面だけでならもちろん知っていたが、そんなものは生きていく上で必要ないし、与えてやる義理もないと思っていた。
どうせ移りゆく環境なら、人間関係だって築かなくても問題ないと思っていた。

独りでも、人は生きていけるから。


群れるのは嫌いだ。
共にいる連中の気を悪くさせないよう己を殺し、意見を同調させて色を合わせる。
そんなことは馬鹿馬鹿しい、俺は俺だ。

そう思って、ずっと生きてきた。


……左近に会うまでは。


景色が変わった。
つまらないモノクロの世界に、色が着いた。

人と話す楽しさ、置いて行かれる寂しさ、笑うことの大切さ、気を使うということの意味、そして、誰かを愛し愛される感覚。
すべて教えてもらった。


俺は、あいつに何か教えてやれたのだろうか。
俺よりずっと世間を解していて、人間というものを判っているあいつに俺が与えてやれるものなんて、あったのだろうか。
今は気恥ずかしいそれも、いつか訊けたらいい。


とりあえず今はマンションに帰ろう。
いつの間にか一番落ち着く場所になった、あいつの部屋に。


左三 fin.

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