現世乱武小説
心労+消しゴム=ケツバット(左三)
テスト会場の教室には既に政宗と幸村、そして元就が来ていた。
廊下にカバンを置いて必要なものだけを持ち、宛てがわれた机に私物を置くと、こちらにいち早く気付いた幸村が声を張る。
「三成殿!兼続殿!おはようございますっ」
「おー三成!久しぶりじゃねぇか」
「…なんだ貴様らか」
片手を挙げてにっと笑う政宗の横で顔を背ける元就。
苛ついているともとれるその態度に三成の柳眉がぴくりと跳ね上がった。
「なんだとは随分だな。挨拶というものを知らんのか貴様は」
「まあまあ三成、大目に見てやれって」
つかつかと元就の机に歩み寄る三成を政宗が苦笑して宥めにはいると、教科書を開いていた幸村が続けるように口を開いた。
「元就殿は元親殿が未だ登校していない故不機嫌なのでござる」
「うん?そういえば見当たらないな。寝坊でもしたか?」
兼続も歩きながら室内を見渡して首を捻る。
銀髪で、加えて顔の半分を眼帯で覆っている元親はどこにいても目立つ。
「昨日あれほど時間の確認をさせたというに…もはや脳の優劣の問題ではないぞ」
テストのときは登校時間が平時と異なる。
毎朝恒例のホームルームもなくなり、1時限目からという場合でも登校は少し遅いのだ。
今日は2時限目から。
普段より特別多く眠れるわけでもないという極めて微妙な時間。
「某もこの謀略にいつもたばかれるが…政宗殿のおかげでござる!」
「なーにが俺のおかげだよ。佐助があんたを起こす怒声で俺が先に起きちまっただけだろ」
幸村と政宗のやり取りに三成が小首を傾げる。
昨夜自分自身も左近と一緒にいただけに、二人のテスト前日の環境が気になった。
「なんだ、泊まったのか?」
「あぁ。こいつがどうしても俺に勉強教えてる奴に会いてぇとか言い出すからよ」
「ま、政宗殿がお世話になっているという方に一度お目通りしたかっただけでござるっ」
「…そーいうとこ、段々佐助に似てきたよな」
「なんと!」
「ちょ、ちょっと待て、政宗に教えているのは支配人ではないのか?」
てっきりそうだと思っていたが、今の口ぶりだと幸村はその人物に会ったことがないととれる。
しかし三成の疑問は政宗の一言によりあっさり解決された。
「いや、綱元っていう……んー、なんだろうな、小十郎のライバルっぽい奴がついてくれてる」
「綱元殿は素晴らしい方にござるな!学校の先生よりも素行が悪いにも関わらず判りやすく説明してくださった!」
「ほう、是非私も教えてほしかったな」
顎に手をあて、兼続が微笑する。
…よし、この流れなら訊いてもいいだろう。
「兼続、お前は勉強をどうしている?やはり景勝殿に協力してもらっているのか?」
三成の問いに兼続は小さく笑ってかぶりを振った。
「私は一人だな。まぁ頼みは授業のノートくらいしかないんだが」
「あーでもそれ大切らしいぜ。綱元が言ってたんだけどよ、どこを重視してるかってのは教師の好みだから、資料集なんかよりノート見たほうがいいって」
政宗の台詞に頷きつつ、三成は己の統計の結果からはみ出した兼続の勉強法に引っ掛かっていた。
ひとつ屋根の下にいながら黙々と一人で勉強…
ということは、俺も左近と一緒にやっていたつもりだったが結局一人で勉強していたに過ぎないのか。
「おっと、そろそろ時間だな」
「ん、だな。…にしても元親の奴おせーなぁ…」
各々自分の席に着く中、三成はそっと振り返って元就を横目で見遣った。
口を真一文字に結び、切れ長の目を黒板の上に掛かっている丸時計に固定したきり微動だにしない。
もういつ担当の教師が来るか判らない時間だ。
――そのとき、勢いよく教室の扉が開いた。
「うむ、席に着いているな。おはよう諸君」
「……、」
もしかしたら元親が、という淡い期待は砕かれ、現れたのはドア枠よりも上背のある担任・秀吉。
教室内の後方を振り返ると、苦虫を噛み潰したような表情の政宗と目が合った。
…間に合わなかった。
おそらく政宗も同じことを思ったのだろう。
元就に視線を投げるが、まだ元就は時計を睨み付けていた。
確かにチャイムが鳴るまでが勝負ではあるが…
「ではこれより解答用紙を……む?」
「…?」
中途半端に言葉をぶち切って、秀吉は自身の両手を開き小首を傾げている。
「……。…置いてきたか」
野太い声でぼそりと悔しげに呟くと、秀吉は生徒にしばし待てと言い置いてドアを外しながら大股で教室を出ていった。
置いてきたも何も、秀吉は持ち物というものをひとつも手にしていなかった。手ぶらで職員室を出てきたあたり、忘れものの限度を越えてしまっている気がする。
三成が適当なことに頭を巡らせていると、ドアがなくなりドア枠だけになってしまったところからひょっこりと銀髪が覗いた。
「……ちょ、そかべ…」
「うっわあぶねぇー!セーフ?だよな?」
名前の関係で一番前の端の席に三成はいる。
元親が来たのも一番に気付いた。
「おう、おはようさん。ゴリ今出てったろ。すげぇ音が下駄箱まで聞こえたぜ」
にかっと笑って自分の席に元親が座り、ちらりと後ろのほうに視線を流す。
途端、申し訳なさそうに眉を潜めて元就の名を呼んだ。
「…毛利、わりぃ」
「話ならあとで聞く。己の悪運の強さに感謝しろ、筋肉バカ」
「あー…そうじゃなくてよ…」
「……なんだ」
「わりぃけど、消しゴム一個貸してくれっ」
「……………」
「…毛利?」
「…なれば、今月の我の携帯代でも払ってもらおうか」
「ええっ!!消しゴム借りるだけでか!?」
「うるさい黙れ。平均点を下回ったらケツバットだ」
「け、けつばっと!?」
言うことに反し元就の苛立ちが収まっていることに、三成だけでなくクラス全体が気付いていた。
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