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現世乱武小説
一方向の寂しさ(左三)


「じゃあ三成さん、帰りもここで待ってますから」

「ああ、行ってくる」


車で学校まで送ってきてもらうと、三成は助手席のシートベルトを外した。

あえてテストのことには触れてこない左近の気遣いに胸が温かくなる。
きっとテストが終わってもどうでしたか、と訊ねてくることはないのだろう。


…本当に優しい奴だ。
そしてその優しさはいつだって俺に向いている。

だけど…


今はその先がほしい。


「……左近」

「なんです――、」


振り向きかけた相手の顔を両手で挟んで、運転席に乗り出しながら半ば強引に唇を重ねた。
ただ合わせるだけでは物足りず、驚きに硬直している左近の薄い唇を甘噛みする。


「んっ……ぅ」


もっと激しく。吐息を感じて。

舌を絡ませて咥内を荒らし、弱く、強く舌を吸い上げてほしい。


「は、ッん…」


じんと中心が熱を持つ。
自分の吐く息が甘く湿っている。

しかし左近は、求めるこちらを宥めるように慎重ともとれるほどゆっくりと三成の唇を舐め上げ、そのまま顔を離した。


「さこんっ――」


焦りを含んだ声が無意識に口を突いて出てしまう。

何故深く口付けを交わしてくれないのか。
怒りにも似た切なさがぐっと押し寄せてきて、気を緩めたら泣いてしまいそうになる。


そんな心境を知ってか知らずか、左近は目元を柔らかく細めて手を伸ばし寝癖がつかずに済んだ三成の茶の髪に指を通した。


「…遅刻しますよ。もう行かないと」

「……、」


何故。

…何故。


いつもなら不意を突いてでも強引に色事に持ち込むくせに。


「あ、ほら、三成さん、あそこにいるの兼続さんですよ」

「………」


俺から触るなとは言い出したが、そこまで徹底して言うことを聞くような奴だったか?


…否、むしろ俺のそういった発言はすべて笑って躱わされ、都合よくなかったことにして左近のペースに持ち込まれる。
これがいつものパターンだった。

それなのに、どうして今回は…


「……三成さん?」


黙って俯いてしまったこちらを怪訝に思ったのだろう。
左近が控えめに呼びかけてくる。


他意は…ないのかもしれない。
左近はそういうことに敏感だから、何か向こうに心当たりがあるならそれなりのアクションを起こすはずだから。


……じゃあ、これは俺の考えすぎ…なのだろうか。


「…なんでもない。行ってくる」


とにかく左近の気を煩わせたくなかったため、早口にそれだけ言ってカバンを腕に抱え車を降りた。
逆に変に思われていなければいいが…

後ろを振り向かないように足を進めていると、聞き慣れた正義感溢れる声がかけられた。


「久しぶりだな、三成!昨日はよく眠れたか?」

「兼続…」


散々メールを無視していたというのに、怒るでもなくいつもの爽やかな笑顔を見せてくる。
そのことにひどく安心した己に気付いた。


「うん?…三成、さてはまた寝不足だな?ひどい顔だぞ」


隣に来た兼続がこちらの顔を覗き込み、難しそうに眉を潜める。

そんなに顔に出ていたのか…

改めて自分の中の左近という存在の大きさを思い知らされた気分だ。


「いや、大丈夫だ。それよりも今日は初日だからな、ぬかるなよ」

「そうだな!お互い悔いのないようにしよう」


力強く首肯する兼続に小さく笑いかけ、二人で教室に向かった。


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