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現世乱武小説
取り残されてる…?(左三)


単語帳というものはどうして作成しているときしか楽しくないのだろう。
いざ完成して生活に同行させてやっている間に絶対役に立つはずだと意気込んでいたものの、結局毎回やる気が起きずこんなもの作るんじゃなかったとうんざりするのが通例だった。

そして今回も例に漏れず、行き帰りの歩きの最中に少しでも見ようと思って作った単語帳はひっそりとカバンの中で息を潜めている。


ただの暗記なのだ、明日からやればいい。
自らをそう諭して登校すると、下駄箱で政宗に会った。
だが、その生徒は教科書を片手にぶつぶつ何かを唱えている。


右目を眼帯で覆った、細身の黒髪の生徒。
確かに政宗であるのだが、あの政宗が勉強をしながら学校に来るなどということがあるのか…?


「……ま、政宗」

「…え?…あ、よぉ三成」


そのまま俺の前を通りすぎようとしていた政宗を控えめに呼び止めてみると、はっとしたように顔を上げてこちらを認めるなり笑顔を向けてくる。

やはり…政宗なのか。

信じがたいが、勉強をしていた生徒は紛れもなく伊達政宗本人。
そのことに三成は軽い悪寒を覚えた。


「…珍しいな。お前が朝から勉強など…」

「んー、そうだな、俺も自分で驚いてる」

「?」


曖昧な政宗の言葉に三成は首を傾げた。
自分でも驚くようなことをしているとは……あれか、イメチェンというやつか?

しかしそれを相手に訊ねてみると思いきり笑われた。


「そんなんじゃねぇよ。俺が幸村に勉強教えてやることになったんだ。やっぱ誰かの先公やるならテメェが判ってないとな」

「幸村の…?そういう役回りは佐助ではないのか?」

「Yes.昼が俺、夜が佐助の二段体制だ」


政宗が教科書を閉じようとしたとき、その隙間から蛍光ペンか何かでチェックされている挿絵や文章が見えた。
人に教えるには自分が理解しないと、という考えはどうやら本気らしい。
真面目に学生をやっているのだなと思うと同時に、三成は無性に焦燥感に駆られた。

明日からなどと悠長なことを言っている場合ではない。


「……政宗」

「うん?」

「先に行くぞっ」

「え、あ、えぇっ?」


宣言した途端走り出した三成の勢いに負けて政宗は呼び止める暇もなくぽかんとその背を見送ったが、自分も遅刻しては敵わないと慌てて後を追った。













…どういうことだ。

午前の授業を終えて迎えた昼休み。
三成は己を取り巻く連中の手元に視線を流し、重苦しい溜息をついた。

まず政宗と幸村。
この二人は政宗が今朝も言っていたように勉強を教える側と教えられる側で完全にコンビを結成したらしい。
授業中には必ずといっていいほど寝ている幸村が、政宗の言葉に必死に耳を傾け理解しようとしているのだ。

次に昨夜散々俺にメールを寄越した揚句「屑」の一言を投げ付けられた兼続。
間際になると連絡の量は格段に増えるくせに平然と高得点を取ってくるのは、毎年同じクラスだったため知っている。
数分に一度のペースでメールを打っているはずなのに、一体いつまとまった勉強をしているのかは謎だ。
そして今も『日本の義と海外の義』などという本を読み耽っている。…俺もテストが終わったら貸してもらおう。

そして二年も留年した元親。
こちらは元就にひどくしごかれているようだった。
しかし本人も文句を言う割にそこまで嫌がっている風でもなく、頬杖を突きながらノートを眺めている。
その相向かいでは元就が数学の問題集を淡々と解き進めていた。


…要するに、一週間前にしてテスト一色なのだ。
まともに教科書やノートと向き合っていないのはもしかして自分だけなのではないか。
一気にそんな不安が頭の中だけでなく体中を支配していく。


確かテストの出題範囲の授業はまだ終わっていないが、発表だけは済んでいる。
各教科ともここからここまでという印を付けた覚えがあるのだから確かだ。


「……」


がたっ。

三成が無言で席を立つと、各々の世界に入っていた皆がきょとんとして見上げてきた。


「三成?どうした、腹でも痛むか?」


本を読んでいたというだけあって心も体も義に充ち溢れた兼続が訊ねてくる。
しかしそちらに一瞥もくれることなく、三成はきっぱりと断言した。


「今日はもう帰る。テスト当日までおそらく休む」


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あきゅろす。
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