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現世乱武小説
綱元と小十郎(小十佐)


頭がいい人というのは記憶能力の高い人をいうのかもしれない。
佐助はぼんやりそんなことを思いながら、ぱらぱらと教科書を流し読みしていく綱元の横顔をじっと見つめていた。

教科書に目を通しはじめてから、今のところ一度たりとも眉を潜めたり首を傾げたりせず「あーこれ懐かしいな」などとぼやき、単調に次の冊子を手に取る綱元。

三十路にもなろうという旅館勤めの大人が高校生の勉強を未だに熟せるなんて……かっこよすぎるだろ。
ある意味驚異的なその光景に、開いた口が閉じなかった。


しかし小十郎はこのくらい想定済みだったらしく、驚いている佐助に苦笑する。


「言っただろ。鬼庭なら、ってな」

「言ってたけど……ここまでとは思ってなかった…
てか、もしかして鬼庭さんって……満点以外取ったことないの…?」


恐る恐る訊いてみる。
赤点を取らないくらいでいいと言ったときの反応から察するに、テストは満点を取るために受けるものという認識がありそうに思えたからだ。
信じられないことだが、100点が当たり前、とかいう思考回路持ってたり…


「っはは、さすがにそりゃねえわ」

「あ…そ、そうなんだ」


綱元本人に笑い飛ばされて佐助はこっそり安堵した。
鬼庭さんもバケモノってわけじゃないんだよね、うん。

…が。


「やっぱ少しは勉強しねぇと取れねぇわな」


……。


あれ…?

なんだかまた鬼庭さんが遠い人になった気がする。


笑顔が固まる佐助に小十郎が苦笑混じりに補足した。


「判ってるとは思うが、こいつに悪気はねぇ」

「だ、だろうね…」


だって、ちゃんと実力が伴っているのは一目瞭然。
はったりや虚勢を張っているわけではないし、こういうところで厭味を言うような人ではないことは知っているつもりだ。

…とはいえ今日知り合ったのだから別段そこまで仲が深いということでもない。
ただ小十郎が文句を言い合いながらも一瞬にいる人だから。
そんな中に性格の悪い人がいるはずがない、という極めて偏った意見だったりするのだが。


「…片倉、今の気持ちわりぃ。お前が俺をフォローとか…明日台風でもくるんじゃねぇ?」

「ぁあ?お前がこいつに嫌われちゃ報われねぇだろうっつー俺の慈悲が判らねぇか」

「わ、わっ…」


小十郎に肩を抱かれ、佐助は綱元の隣から引き剥がされてバランスを崩し、そのまますっぽりと小十郎の腕に収まった。

同時にふわりと小十郎の匂いがして、綱元がいる手前であるにも関わらずといったこの状況に顔が熱を持つ。


「慈悲ィ?そういうのは余計なお世話ってんだぜ?」

「そうとしか取れねぇならテメェが捻くれ者ってことだ」

「お前なぁ、今まで俺の何を見てきた?俺以上に素直な奴なんていねぇだろうが」

「寝言は寝て言うもんだ。俺にはテメェはただの喧嘩腰のあまのじゃくにしか見えねぇな」

「あー?そりゃあれだ、とうとう心の目まで老眼になってきたってことだ」

「俺がそうならお前もじきだ、気をつけるんだな」

「はっ、残念だったな、老眼には個人差があるんですー」

「……うぜぇ」


次第に低くなっていく両者の声音。
増していく威圧感や言葉遣いは抜きにして、佐助はこういう仲を羨ましく感じていた。
何を言ってもいいような、砕けた仲。長年ともにいたからこその掛け合い。

左近とのやり取りには信頼を感じるが、綱元とのそれは単純に相手に負けたくないという競争心が滲んでいるようだった。


「まーいいじゃん、小十郎さん」

「佐助…」

「たぶん鬼庭さん、照れてるだけなんだよ」

「ぶっ!!」

「汚ぇぞ鬼庭っ!政宗様の教科書に唾飛ばすんじゃねぇ!!」


盛大に吹き出した綱元の顔はやっぱり赤かった。


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