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現世乱武小説
対等な存在(小十佐)


少し遅れて佐助が待つ部屋を訪れた。

結局政宗たちのテンションが上がった理由は判らずじまいになってしまった。
あのにやけ具合は見逃してはいけない気もするが、制裁を加えたあとも尚あの顔を向けられてしまっては俺に問い詰める勇気はない。


「佐助、入るぞ」

「あっ、…ど、どうぞ」

「…?」


返ってきた声がなんとなく焦りを含んでいたように思えて内心首を傾げる。

訝しさを覚えながらゆっくり襖を開けて慎重に中を覗いてみるが、佐助は別段何をしていたわけでもなく座布団の上にちょこんと座っているだけ。


「悪かったな……ごたごたして」

「ん、気にしてないよ。伊達の旦那は成実さんと仲いいんだね」


…気のせいだったか?
佐助の切り返しにはどこも不自然なところはない。

思考を切り替え、小さく笑った相手にこちらも笑みを返した。


「歳も近いしな」

「あーそこ大きいよね。……てか何そ、れ…」


靴を脱いでテーブルを挟んだ斜向かいに座り、手に持っていたものを置くとそれに佐助の視線が注がれる。
だが言い終わる前にその山になっているものの一番上の表紙を見てしまったらしく、こちらが答える前に判ったようだった。


…ま、見て判らない奴はいないだろう。


自分で置いたそれを見て、軽く溜息をついた。

表紙には『数学 V・c』の文字が、いかにも理知的な字体で印刷されている。
しかしそれは一番上に過ぎず、その下には古典と問題の倫理の教科書も控えているのだった。


「…小十郎さん、脳年齢若そう」

「実際若かったらもう少し楽なんだろうがな」


社会科目や理科科目は暗記がすべてだ。
だが数学などは型に数字や記号を当て嵌めて解答するため、何故そうなるのかを解説出来る役が必要になる。無論その解説役は俺なわけだが、その役職になるには当然のことながらまず自分が理解しなくてはならない。

テストの度に難易度が上がっていくため、正直かなり勉強している。
学生時代でもここまで必死にはならなかったと思う。


「俺様はまだうっすら記憶に残ってたりするけど……十年経ってからこれってキツくない?」

「ああ、キツイ。」

ここは否定しない。
だがこれも政宗様の為とあらば甘んじて受ける覚悟はある。
……そう、覚悟はあるのだが…

「…さすがに今回は挫けそうだな」


教科書を渡されたのはつい先程だ。
ヘッドロックのダメージから回復した政宗に手渡されてすぐ、ばらぱらと目を通してみた。
そしてその難解さを目の当たりにして察した。

俺には無理かもしれない、と。


「俺様は数学なんて二年になって即行で捨てたからなー…。旦那にも諦めさせるつもりだし」

「そうか…。鬼庭なら判るかもしれねぇが…」


見てくれは粗暴だが、あいつはあれでも秀才だ。
行こうと思えば有名大学にも行けたらしいが、面倒だからという理由で誘いを蹴ったのだとか。

…とはいえ、逃げられたということもありかなり頼みづらい。
いや、それ以前に合わせる顔が…


「へぇー、鬼庭さんって数学得意なんだ?
…さっきちょっと喋ったけど判んなかったなぁ」

「……あ?鬼庭と……いつ?」

「だからさっきだよ。俺様たちのこと応援してるから、なんかあったら言えってさ」


さっき…?
つまり佐助がこの部屋に来てから俺が来るまでのあいだってことか。

鬼庭があの場から退散したのは、同性愛というものを受け入れられなかったからだとばかり思っていたが…


「応援、か…」


どうもあいつがそういうことを言うと、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

が、そんなことを考えているのは当然俺だけで、佐助は歳相応にはにかんでいる。


「小十郎さんとどういう仲かよく知らないけど、頼みごととかしにくいなら俺様がお願いしとくよ」

「いや、そこまで……」


小十郎は断ろうとしたが、思案げに口を噤んだ。

鬼庭との関係は、島とのそれとは少し違う。
政宗様の実家で同僚として知り合ってから、お互いにあいつと自分は対等だと思っていて。
何かを頼むにしても常に貸し借りがついてまわるため、非常に面倒臭い。

だったら俺からではなく佐助から言ってもらえば、借りだと思わずに済むはずだ。


「…佐助、やっぱりお前から言ってくれ」

「任せなさい」


そう言って自分の胸を軽く叩いた佐助の顔は満足感に満ちていた。


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あきゅろす。
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