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現世乱武小説
スクリーム(小十佐)


先に行ってろと言われて佐助が向かったのは、いつもお世話になっている二人部屋だった。
初夏というには暑すぎる日差しにも、庭の草木は負けていない。
きっと小十郎さんが大切に手をかけているからだろう。
植物を愛でる心がある人はあったかいってよく言うけど……うん、迷信とか世辞じゃなかったんだ。


それにしても、あのいきなりの小十郎の申し出には驚いた。
幸村の話をしたのは、何も同情してほしかったからではない。小十郎に己の領分の手伝いを頼もうなど以っての外だ。

ただの奥様的思考で、単純に互いの苦労話に花を咲かせて笑いあって、まあせいぜい頑張ろうかといった程度で終わらせる予定だったのに…


好きな奴、だってさ…


たまにそういうこと言われたりすると、なんでこうもむず痒くなるんだろう。


ほら、よく聞かない?
好きとか愛してるとか、しょっちゅう言われてないと不安になるとかって話。
でも、俺は別にそんなこと思ったことはない。

理由は判ってるんだ。

あの人が言葉に想いを乗せるっていうことが苦手だって、知ってるから。
そりゃあ毎日言われたら嬉しいだろう。
大好きな人に好きだって言われて嫌な気分になる人なんているわけがない。


「でも…俺様からは言うようにしたほうがいいのかな…」


細く息を吐いて、佐助は窓の外に視線を投げた。
池に反射する陽の光はくすんだ赤銅色で、それがやけに暖かく感じる。


…さっき、小十郎にいきなり好きだなんて言ったのも、その考えが起因していた。

小十郎さんが、余所を向いてしまわないように。
好きとかっていうのは束縛の呪文の一種なのではなかろうか。
相手が自分から逃げることができないようにするための、呪文。


今まで意識したことはなかったが、才蔵のことがあって以来小十郎の心の在りかが気になって仕方ない。

直接訊いたって、どうせ本心がどうあれ俺を傷つけるような真似をあの人はしたりしないだろう。
だからこちらから先に言葉をぶつけて、その反応を見ようとしたのだが…


「照れすぎだっつーの…」


いつもは冷静なくせに…あの焦り方は尋常じゃなかった。
なんだか俺様が空振りしたみたいじゃないか。
……いや、したかもしれないけどさ。

それにもし立場が逆だったら、俺だってあれ以上にテンパる自信はある。
切れ長の鋭い目をすって細くして見下ろして、顔に手を添えられてあの大好きな低い声で俺の耳に言葉を吹き込むんだ。

『…佐助、…好きだ』

次いで少し強引に腰を抱き寄せられて下半身どうしが密着して…


「っああぁぁぁー!!!」


ばばば馬鹿か俺はっ!
変態じゃあるまいし…なんてモノを想像してんだ!!


己のとんでもない頭の中の情景を必死に掻き消し、ばくばくと脈打つ心臓を宥めようと大きく息を吸ったとき。


「どうかしましたかッ!」


蹴破らんばかりの勢いでものすごい形相の銀髪の男が部屋に入ってきた。
突然の強面のその人物に驚き、吸ったばかりの息を止めることが出来ず間髪入れずに吐き出していた。


「うああぁぁああ!!!」


…不覚にも、息と一緒に盛大な叫びも共に。

そのきっかりニ秒後、銀髪の男に取り押さえられ、手で口を塞がれた。









「…え、従業員の方…?」

「あんた…片倉と一緒にいた…?」


落ち着いて相手を見てみると、群青の羽織を着ていることに気付いた。

男も男でこちらを見たことがあるらしく、どことなく気まずそうな顔をしてぱっと体を離した。


ちょうどこの部屋の近くを通り掛かったときに俺の悲鳴を聞いたらしく、何事かと思い駆け付けてくれたらしい。


「あー…あれはその……わ、忘れものを思い出して…」


…小十郎さんとのアレコレを考えてました、なんて死んでも言えない。


「そ、そうか…。……」

「えーと……何か?」


なんだか意味深な視線を向けられている気がしてどぎまぎしてしまう。
居心地の悪さにそう訊ねると、男のほうも無意識だったらしくはっとしたように顔を上げた。
そしてどこか納得したようににっと笑ってみせ、


「なるほどな…。最初はビビったが……こりゃ判らんでもねぇや」

「……?」

「いや、なんでもねぇよ。俺は鬼庭綱元だ。片倉がいつも世話になってるな」


口調は威圧的なのに、なんだか悪い気はしないから不思議だ。
厳つい顔に屈託のない笑顔を乗せられ、一瞬どう反応したらいいか判らなかった。


「あ……、ども。猿飛佐助です」

「猿飛か。俺はあんたらを応援してっからな!なんかあったら言えよ」

「え」


ばしっとこちらの肩を一発叩くと、鬼庭さんは力強く微笑んで部屋から出ていった。


しばらくぽかんとしていたが、次第に顔が引き攣ってくる。

…まさかここの従業員、みんな俺様たちのこと知ってんの…?


応援と言われてしまってはそうとしか思えず、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気分だった。


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あきゅろす。
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