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現世乱武小説
あのときからずっと(左三)


結局三成さんのグーパンを食らうことにはならなかった。
あまりの腰の痛さに実際それどころではなかったらしい。

向かい合うようにソファに座った三成さんに冷たい麦茶を用意し、先程の続きを促す。


「で、なんでしたっけ。確かあのとき、アテが複数あると言われた気がするんですが」

「…なんだ、歳はいっても記憶力はなかなかだな」

「……褒めてんですか、それ…」


複雑な思いに苛まれながらも、俺の歳のわりになかなかの記憶力は徐々に当時のことを思い出してくれた。

どことなくこちらを試すかのような口ぶりで、男前なのも一人いると言っていたか。


「なるほどね。…あのとき言ってた男前ってのが彼のことですか」


麦茶を喉に流し込んでから、三成さんは軽く頷いた。


「ああ。背もあるし肩もしっかりしている」


確かに。
背だけで見るなら恐らく俺よりあるだろう。


だが。

三成さんがそのアテにしているというという男を、俺はあのときどうすると断言したか。
それを俺の記憶力は忘れてはいない。


三成さんもそれを覚えていたようで、恐る恐るこちらを窺うような目で見てくる。
当時は意味が判らなかった様子だったが、さすがにこうも行為を繰り返せばあの単語が指すものも理解せざるを得ない。


「……左近、前言っていた…その、大筒とはやはり……」

「ええ、お察しのとおりです。」

――大筒を使いものにならなくする。

具体的にいってしまえば、握り潰すということだ。

しかし。

「あのときはまだ貴方が俺のものじゃなかった。それまでのあいだに貴方に逃げられたらの話です」

「……逃げるって…俺が左近からか?」


低い声音の質問に首を縦に下ろす。
その可能性は零ではなかった。あのときも……今だってそうだ。

いつ、この細い体が俺の腕から擦り抜けていってしまうか判らないのだから。


しかしそんな暗い思考は、三成さんが空のグラスをテーブルに置く高い音に掻き消された。


「お前は馬鹿だ」

「……は、い?」

「ずっとそんな心配をしていたのか」


心配というよりは覚悟に近いものだったが、否定はしなかった。
心のどこかでは心配もしていただろうから。
本気で惚れた相手にもし逃げられたらどうすればいいのか、とか。

何も答えないこちらの様子に、三成さんは感情を押し殺すような声で言った。


「…俺はお前に助けられてから……ずっとお前しか見えなかった。そんな俺が逃げるわけがないだろうっ」

「三成さん…」


伏せられた目元が悔しげに歪んでいる。
大胆な告白をしたからか顔は赤く、怒ったような口調で言い放つ相手にそっと笑いかけた。


「…ありがとうございます」

「……い、いや…別に…」


慌てて視線を逃がして、何も入っていないグラスを口に運んだりしている。

自らが口にしてしまったことに対する動揺を一生懸命隠そうとする姿が可愛らしい。見ているだけで温かいものが胸に流れてくる。


…いつ擦り抜けていってしまうか判らない。


その考えは、三成の言葉を聞いた今でも変わらない。


ただひとつ、判ったことがある。

もし三成さんが俺から離れていってしまうことがあるとしても、知らないうちにいなくなってしまった、ということにはならないだろう。
ほかにいい人を見つけたときには、きっとはっきりそう言ってくる。
同情などせずに、あっさり言い放って背を向ける。

それは別段非情というわけではなく、新しく惚れた相手への誠意になるのだから。


…どっちみち、今先のことを考えたって仕方ないか。


そう考えをまとめると、ひとしきり動揺したのか吹っ切れた面持ちで三成さんが咳ばらいをひとつして口を開いた。


「あー、ところで左近」

「なんです?」

「しばらくはこっちにいられるのか?」

「あ、ええ。話はつけてきたんで」


好きなだけ一緒にいられる。
もう寂しい思いはさせないと決めたのだから。

しかし、三成は申し訳なさそうに言い澱んで上目遣いにこちらを見てくる。


「そうか。……せっかくなのに悪いのだが…」

「?」

「……来週テストがある。暇な時間は勉強に費やしたい」

「…えーと、つまり…」

「相手をしてやれない、ということだ」

「……あぁ…そういう…」


…なんだか、ものすごく物悲しさを感じた。


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あきゅろす。
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