現世乱武小説
毎度毎度…(左三)
…違う。
この男、とんでもない勘違いをしてくれている。
主語からして間違っているとは…なんだかもう逆に清々しさすら感じるぞ。
「俺が…左近を……お、押し倒っ…」
「…なあ、前に酒買ったときさ……飲むのは中年の男って言ってたよな?
てことは……あのときから、もう……そういう関係っていうか…」
な、な、な…!
何故そんなことまで覚えているっ?
とにかく目を逸らしながら言うのはやめろ!
俺まで恥ずかしくなってくるっ
しかも慶次の質問に否と答えられないあたり余計に恥ずかしい!
と、そのとき背後で殺すような息遣いを感じてはっとした。
そうだ。さっきから黙っているが、左近は何故フォローを入れてくれない?
ばっと首を巡らせて運転席を見ると、ハンドルに肘を預けて片手で顔を覆いくつくつと背中を震わせている左近の姿があった。
「…左近、お前のせいで要らぬ勘違いを引き起こしたというのに何を笑っている!」
「くっくっく、……いや、すみません。…ぶふっ、お、面白い御仁だなぁと…思いまして」
……。
俺はときどき、こうして余裕で笑う左近を見ていると無性に殴りたくなる。
ありったけの理不尽な怒りを篭めてぎろりと睨むが、気付いているのかいないのか、相変わらず左近はへらへらしている。
「…だから……だから屋外はなしだと言ったのだッ!前だって見ず知らずの老夫婦に見られたというのに……学習しろっ バカ左近!」
「……え、…よく外で…するんだ?」
「きききき貴様は黙っていろ、屑がッ」
「ぶっ、ははははは!!」
いちいち反応を示す慶次も気に食わないし、抑えもせずに大笑いする左近も気に食わない。
…だが待て。
確か学校に俺を車で迎えにきたときも、政宗や幸村にも見られたのではなかったか…?
「…左近」
「え、なんです?」
「……グーで殴ってもいいか」
「ちょ、なんでですかっ」
外は人目があるとはいえ、毎度毎度するたびに誰かしらに目撃されるのでは敵わない。
そろそろ拳にものを言わせてでも左近に判らせないと、俺の中の何かが減っていく気がする。
「ああっ!」
だらしない笑い顔を引き攣らせる左近に迫ろうとしたが、慶次がやおら大きな声を上げたためびくりと身体が固まった。
「な、なんだ…でかい声を出して…」
「が、学校…!遅刻するって遅刻!」
そう言いながらばしばしと自分の左手首に巻いた腕時計を叩く慶次。
俺は今日休む気満々だから別として、普通に登校しようというなら今の時間はかなりまずい。
慌てふためく慶次を見兼ねて左近が口を開いた。
「三成さんと同じ学校だろ。送ってやろうか?」
「えっ…」
途端に「いいの?」とでも言いたげな眼差しでこちらを見てきたが、ぱっと顔を曇らせる。
そのままもごもごと何か言い澱んでいるので俺が問い質すと、慶次はだってさ、と唇を尖らせた。
「有り難いけど……邪魔しちゃ悪いだろ?」
「邪魔なんかじゃないですよ。ね、三成さん?」
「ま、まあ……そうか…?」
…正直、俺としてはあまり慶次にいてほしくはないのだが。
せっかく左近が帰ってきてくれて心も通じたのだから、もっと二人きりの時間を楽しみたいというのが本音だったりする。
が、そんなこと言えるはずもなく。
渋っていながらも僅かに首を縦に下ろしたこちらを見て慶次の瞳に希望の光が戻ってきた。
「まじっ?じゃあお願いします!」
「はいよ」
「……」
苦笑しつつ後部座席を指で示し、乗りなと慶次を促す左近。
その心の広さと気前のよさにはときめくが、俺と二人だけになりたいとか……そういうことは思わないのか?
初めて政宗の旅館に泊まったときもそうだった。
俺一人を乗せていくはずだったのに、遅刻するとばたばたしていた政宗たちも結局送っていったのだ。
……強引なときは強引なくせに。
「…唐変木」
「? 何か言いました?」
「……別に何も」
「…?」
一人険呑な三成を乗せたまま、左近は慶次を学校へと送っていった。
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