現世乱武小説
男、三成(左三)
…み、見られたっ!!
首を抱え込んでいる左近の手を遮二無二引っぺがし、最短と思われる無駄のない動きで声がしたほうに視線を投げる。
しかしだいぶ距離を開けた後方の電柱の影に何かが飛び込むような瞬間しか捉えることが出来ず、誰に見られたかまでは特定出来なかった。
「……髪の長い人でしたね」
自分と同様後ろを振り返っているとばかり思っていたが、左近はどうやら車のルームミラーで目撃者を捉えようとしていたらしい。
首を捻った三成よりも視線を動かすだけの左近のほうが僅かに早かったようで、そんな特徴を上げた。
「…髪の長い?……だが声は男だったぞ」
「ええ。」
眉を寄せる三成に左近は頷いてみせ、女性にあんな奇声上げてほしくありませんしねなどと軽口を叩いてギアに手をかけた。
「乗ってください」
「…どこに行く気だ?」
にこりと笑って隣のシートに手を置く左近。
無論断る理由などないが、三成は助手席側に回り込みつつ訝しげに訊ねた。
…本当は目撃者に平手のひとつも見舞ってやりたいところだったが、左近が見逃すというならそうしてやらんことも――
「ちょっと、バックしてみましょっか」
「…なるほど」
結果的には、ちょっとどころではなくだいぶ、だ。
助手席に乗り込み、長髪の男が隠れた電柱まで車をバックさせていく。
左近のほうに見逃してやる気などさらさらなかったらしく、寧ろ俺のほうが心が広かったくらいだ。
「…段々見えてきましたね」
「うむ。…ガタイいいな」
見えないよう懸命に壁側を向いているが、とうとう後ろ姿がすべて見える位置まで後退してきた。
そこで左近がブレーキを踏み、サイドブレーキもかけてエンジンも止める。
素面でやっているが…拷問紛いのこの行為。
やはり左近を不機嫌にさせると鬼になるらしい。
三成のすぐ目の前に背中を晒すことになった目撃者ではあるが、なんだかこの髪型、見覚えがある気がしなくもない。
「……」
……。
一生懸命バレていないふりをしている。
焦げ茶の長い髪を後ろの高い位置でひとつにまとめた男。
毛先は癖のせいか緩く波を打っていて、ちょうど左近と同じくらいかもう少し高いくらいの長身…
…あ。
ここまで考えてようやく思い出した。
同時に、初めてこいつを見たときも似たような印象を受けたことを思い出す。
確かこの男、隣のクラスの――
「…前田だろう、貴様」
「!」
びくりと幅のある肩が揺れる。
…図星のようだな。
俺の記憶力もまだまだ捨てたものではない。
「三成さんのお友達ですか?」
隣からかけられる問いにふるふると首を横に振る。
「そういうわけではない。ただ、お前の誕生日祝いの酒を買うとき世話になってな」
「おっと、そうでしたか。そういや三成さんってまだ未成年でしたね」
酒はまだ買えないか、と苦笑する左近にひとつ頷いてやる。
「恋愛のエキスパートだそうだ。自称だが」
「へぇ、そりゃまた粋ですね」
「前田、いい加減こっちを向け。もうばれてるぞ」
あんなに大声で叫んでおいて今更やり過ごそうとしている慶次に、溜息混じりに言ってやると再び肩が反応した。
が、今度はのろのろと振り返り気まずそうにでかい図体を縮こまらせている。
口元は一生懸命笑顔を作っているものの、目は挙動不振で定まっていない。
…相当焦っていることが伺えた。
「あ、いや…あの、見るつもりじゃなかったんだけどさ…」
「わざとではないことくらい判っている」
見たくて見たのなら気付かれるような真似はしないだろう。
というか、自分で恋のエキスパートだとか言っていたくせに何故ここまで照れているのかが謎だ。
慶次はちらりと目だけを三成の奥にやり、ぱっとすぐに明後日のほうに向けた。
「…ていうか……男だと、思わなくて…」
「……」
…まあ、常識的に考えて、俺を遠目に認識出来れば、キスの相手は必然的に女ということになるだろう。
慶次からは車で見えなかったぶん、ここに来てのショックは大きいかもしれない。
男同士のキスなど、耐性のない者にとっては気持ち悪いだけだろう。
今まで接してきた奴らがあまりに普通すぎる反応を寄越してきていたものだから、つい一般常識を蔑ろにしてしまっていた。
慶次のこの態度こそが本来の反応ではないか。
とっくの昔に覚悟していたはずなのに、理解されないことへの悔しさにも似た感情が胸に押し寄せてきたとき。
更に気まずそうに顔を赤らめながら、慶次が目を固く瞑って声を張った。
「ま、まさかあんたがこんなムサイおっさんを押し倒そうとするほど男だと思ってなかった…!悪いっ、三成!」
……え。
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