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現世乱武小説
阿吽の呼吸(小十佐)


意味深な言葉を残すなり、小十郎は帰ると言ってエンジンをかけた。
せっかくの二人きりで、もっと他愛のない話をしたかったところだが旅館のこともあるのだから仕方ない。
己にそう言い聞かせると素朴な疑問がふと浮かんだ。


…あれ、だったらなんでこんなとこにいたんだろ。


「ねぇ小十郎さん、何か用とかあった?」


手を伸ばせば余裕で届く距離。
聞き漏らして行ってしまわないように相手の腕を軽く掴んで訊くと、小十郎は居心地悪そうに唇を引き結んだ。
目が忙しく泳いでる。最近判ったことだが、これは彼流の照れ隠しだ。


「別に…用ってほどじゃねぇが」

「…へーぇ?」


勝手に口元が意地悪く歪むのが判る。
なんだろう、このこそばゆい感覚。もうちょっと虐めたいなぁ…


「近頃旅館に顔出してないから寂しくなっちゃったとか?」

「そ…ういうことじゃなくてだな…」

「じゃあ何?」

「……もう済んだからいい」

「俺様がよくないー」


駄々をこねる子供のように食い下がる。
だって小十郎さんより今優勢なんだ。堪能しなくちゃ勿体ない。


苦虫を噛み潰した表情で相変わらず視線を他に向けながら、小十郎は参ったとばかりにハンドルに両腕を引っ掛けてひとつ息を吐いた。


「…果たし合いだって言ってただろ、今日」

「うんうん」

「……。…だからだ」

「…え、」

にやにや笑いを浮かべていた口元がぴしりと凍り付く。


そんだけっ?
果たし合いだから…何しに来たっての!?


肩透かしを食らった気分だ。

「えーと……応援しに来てくれたってこと…?」


それならまだ判る。
…まあ小十郎さんらしくはないけど。


しかし小十郎は言い澱みながらもかぶりを振って否定する。


「応援というか……怪我でも…してんじゃねぇかと…」

「!」


そ、そっち…?
でもそれは……反則だよ。


普段は無愛想なくせに照れを押し隠しながらそんなこと言われたら、嬉しすぎてどうにかなっちまいそう。


「あ〜もう!」

「っ?」


窓から身を乗り出して車から車を己の体で橋渡しするような無理な体勢になりながら、小十郎の頬に手をかけて強引にこちらを向かせ、押し付けるような口付けを見舞ってやった。


唐突すぎる行動に小十郎は始め固まっていたものの、くすっと控えめに小さく苦笑するとこちらの顎に指を添えてきた。
同時にぬるりと舌で唇を舐められるが、焦るでもなく擦ってくるだけの歯痒い口付けに脳髄がちりちりと焼けてくる。


「ん、ふ…」


痺れを切らして自ら口を開け相手の肉厚な舌を誘い込み、貪るように舌を絡み付かせると音を立てて吸われた。
ぞくぞくと背筋を這い上る戦慄に頭がくらくらしてくる。

結局、今 主導権を握っているのは小十郎。
せっかくの優越感をもっと味わいたかったところだが、この甘い交わりと天秤にかけてしまえば負けてしまうのは当然至極。

……って、なんか俺が変態みたいに聞こえるな。断じて違うけど。


「っは…」


どちらからともなく唇を離し、暗く劣情の揺らぐ双眸を互いに捉える。

やばいな…
キスだけで反応しそ。


軽く乱れた息を整えようと体勢を戻しかけたとき。


「…うーむ、熱いのは悪いことではないが、時と場所を考えよ」

「!!!!」


ものすごく聞き覚えのある声がして勢いよく前方に顔を振り向けると、予想を裏切らずに信玄がフロントガラス越しに仁王立ちしてこちらを見ていた。

一瞬にしてぼふんと顔が熱くなり、茹ダコさながらの赤さにまで上り詰める。


「たっ…たたたたいしょっ…」

「仮にも屋外じゃ」

「…確かに。節操がありませんでした、お恥ずかしい」


ちょ…小十郎さん超冷静ー!!

ていうか大将も大将でさ…
見てないで声とかかけてくんないかな普通っ!


「佐助ぃ!」

「は、はいぃっ」


信玄に名を呼ばれ、運転席に姿勢をびしっと正して居直る。

見られた恥ずかしさに涙が出そうになる。
穴があったら全力で入りたい。


「問題ない。よい出来じゃ。これより住宅会社に報を入れねばならぬのだが……おぬしに代わってわしがやってもよいぞ?」

「え…それって…」


どういう意味かを慎重に訊ねると、慈しむようなおおらかな微笑みが返ってきた。


「若いうちはかようなことに精を出すのも大切じゃ」

「んなっ……!?」

「逆に抑え付けすぎるのも身体に毒と聞く」

「いや、ちょっ…!」

「ならば過ぎる程度に事に勤しめばよい」

「過ぎる程度っ!?」


にかっと信玄は豪快に笑い、小十郎に何か手振りで伝えようとしている。
佐助にはてんで通じなかったジェスチャーだが、小十郎は心得たとばかりにこくりと頷きよっこいせと窓から半身を覗かせこちらに腕を伸ばしてきた。


「え、え、待っ……うあぁあッ!!」


腕を掴まれ、そのまま窓から引き摺り出される。
運転席から足まですっぽ抜けるまで三秒とかからず、思いきり小十郎の逞しい胸元へと突っ伏す形になった。


「んぅ」

「では棟梁、こいつは預からせていただきます」

「うむ。佐助よ、家のことは案ずるな。わしも料理とやらの精進せねばのぅ」

「嘘はダメですって大将っ!どうせまたカップ麺とかで済まそうとか思って

「片倉殿」

「判りました」


信玄の合図で、小十郎はサイドブレーキを下ろして車を発進させてしまった。
…俺の足を窓の外にぶら下げたまま。


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あきゅろす。
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