現世乱武小説
大将は走り屋?(小十佐)
夕焼けに目を細めながらハンドルを操り昨日と同じ建築現場へと向かったが、既に作業用のトラックや職人たちの車などは見当たらなかった。
果たし合いといえば夕方……という連想は古いのだろうか。
時間帯など気にせず終わらせてしまったのかもしれない。
無人の駐車場を見渡してぽりぽりと頭を掻く。
佐助のことは気になるが、わざわざそんなことで家を訪ねるのも大袈裟な気がする。
だからといって電話などしてみたところで、本当に怪我をしていてもはぐらかされるのが落ちだ。
…仕方ねぇ。
ここまで来ておいてナニだが、今日のところは引き上げるか。
そう思って車のエンジンを再びかけたとき。
――ギャギャギャギャ!
ものすごい勢いで敷地に入って来たかと思うと、駐車場の砂利を目茶苦茶に弾き飛ばしながらドリフトをキメてマーチが接近してきた。
「…おいおい」
ズギャッ
タイヤに地面を噛ませてキレのよい終わりを魅せ、マーチはぴたりとこちらの隣に横付けされた。
喧嘩でも吹っ掛けられている気分だが、愛車には小石のひとつもぶつかってはいない。
高度なテクニックだが走り屋にしては随分控えめな車だなどと、冷静に考えつつ運転席を見遣る。
左ハンドルのため隣に車が停まれば大抵すぐ近くに運転席がくることになるのだが…
「……?」
そこにあったのは見覚えのある頭。
「…確か……棟梁?」
スモークガラスを開けて改めて確認すると、堂々たるオーラと揺るぎない眼差しを正面に突き刺した信玄がそこにいた。
そして彼の奥――助手席には、向こうのドアにへばり付いて瞠目したまま強張った笑顔を以て肩で息をしている佐助が見える。
一見したところ怪我をしている様子はなく、ひとまず安堵したのと同時に信玄がこちらを向いた。
……目が据わってる。
「おお、片倉殿」
「お久しぶりです、棟梁」
こちらを認識するなりにかっと笑う大きな口に、つい某映画の空飛ぶタヌキを思い出してしまった。
「…あ、こ、小十郎さんっ!車平気っ?ぶつかってない!?」
はっとしたように勢いよく訊ねてくる佐助が信玄とあまりにも正反対で面白い。
「ああ、問題ない。…お前涙目だぞ、大丈夫か?」
「だって……大将の運転する車乗るの命懸けなんだよっ」
「命懸け?いや、特技だろう。あれは。」
恐怖に打ち震える佐助に小首を傾げて言い、次いで信玄に視線を移す。
「どこの走り屋かと思いましたが……昔ならしていたとか?」
「む?生涯わしは建築士よ」
「技じゃないんだよ、あれ!普通の公道のカーブもタイヤ鳴らしてんだからっ」
「そ、そりゃあまた…すごいというか迷惑というか…」
「数々の曲がり角も己を磨く材と知れ、佐助」
「いくらなんでも限度がありますって……ぎゃあ!!」
突然横のマーチががくんと頭ひとつ前に出て急停止すると、何食わぬ顔で車から信玄が降りた。
こちらとの隙間がなさすぎてドアが開けられなかったらしい。
「さ…採点、お願いします…」
「応」
弱々しい佐助の声を受けて信玄は深く頷き、大股で出来たての新築の中に入っていった。
「……はぁ。あれでゴールド免許とか、世の中って怖いよね…」
「ゴールドって……無事故なのか、あれで」
そこまでいけば技術云々というより単純に強運に恵まれているだけともいえる。
いつ運が尽きて事故に至るか判らないとなれば、確かに嫌すぎる。
まああの棟梁ならたとえ事故に遭遇しても豪快に笑い飛ばしながらひょっこり生還しそうだが、佐助は別だ。
と、ここまで考えて果たし合いのことを思い出した。
「果たし合いとやらは終わったみたいだな。怪我がないようでよかった」
口元を和らげて言ったが、何故か佐助は難しそうな顔をして黙ってしまう。
どうしたと訊ねてみると、少し考え込むような仕草をしてから車の中を移動して信玄がいた運転席に這ってくる。
頭ひとつぶん出たマーチをバックで戻すと難しい顔もそのままに、窓から身を乗り出してきた。
「ねぇ小十郎さん……才蔵のこと、どう思ってる?」
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