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現世乱武小説
政宗様の夏休み(小十佐)


「それとさ……小十郎」


政宗は何やら言いにくそうに口をもごもごさせた。


「は、なんでしょう」

「……、…いや。な、夏休み忙しくなるなって」

「……」


何か言いたいけれど駄目元だからまあいいや。
そう顔に書いてある。

無理に笑顔を繕っているようだが、オーナーとしてはそれでよくても年頃の高校生としてはどうだろう。できる限りのびのびしてほしいところだ。


「そうなることを祈っております。まさに今の時期が一番苦しいときですから。
して、本題は」

「ほ、本題っ?」

ぎくりと政宗の笑顔が引き攣った。
まったく、誤魔化しきれているとでも思っているのだろうか。

「……いや、だから…夏休み、忙しく…」


尚も見え透いた嘘を通そうとする政宗に小さく溜息をつくと、言葉を詰まらせて居心地悪そうに俯いてしまった。


「あー…その、…夏休みさ……お前だけじゃキツイ…よな?」

「客入りにも因りますが……なんとかならないこともないかと」


今でぎりぎりまわっている状態なのだから、当然政宗が抜けるとなるとその穴は大きい。
だがそうなったらそうなったで、普段奥に引っ込んで賄いや雑務を手掛けている綱元や成実に声をかければ渋りながらも出てくれるだろう。

本当は佐助の手を借りられるならそれが何よりだが、世間が夏休みになったからといってあいつの仕事量に変化があるわけではないはずだ。
もちろん事情を話して頼めば快諾してくれるかもしれないという希望はある。
しかし、それは同時に佐助の労を増やすことに外ならない。


そんなことをあいつにさせるくらいなら、鬼庭や成実殿に文句を言われるほうが断然マシだ。


「何か予定を入れたいのですか、政宗様」


口火を切ってしまった手前、引っ込みがつかなくなってしまった政宗に努めて柔らかく訊ねる。


「……」


政宗はしばらく沈黙を通していたが、綺麗に整った眉のあいだにくっきりと浮き出ているしわは胸の中の葛藤を雄弁に物語っていた。


「……いや、やっぱりなん

「なんでもないは、無しですぞ」


相手の言葉に被せて言うと、驚いたように政宗はこちらを見返してきた。


「……、」


普段はこんな強引な真似はしないためだろう。
隻眼を見開く政宗に苦笑いを返す。


「ご自分の欲を抑えんとするお姿、まこと立派にございます。されどこの小十郎、出来得る限り政宗様のお言葉に応えさせていただきたく思いますれば」

「こ…じゅうろ…」


どうせ気がつく政宗のことだ、自分が抜けたら旅館がどうなるかなど、こちらに声をかける前からとっくに考え済みだったことだろう。


「ご安心なさいませ。何日でもここをお守り致します」

「……お前、さすがだよ。最高だ」

「なんの、伊達に右目と呼ばれてはおりませぬ。
最後の夏休み、存分に満喫なさってください」


そう。
政宗にとって、高校三年生の今年の夏こそが人生最後の夏休みになるのだ。
それを仕事漬けにするのは気が引ける。

こちらの言葉に心を打たれたように政宗は小さく奮え、ようやく心からの笑顔を見せてくれた。
心なしか目尻が赤らんでいたが、今気にかけるのは野暮だろう。


「ありがとな、小十郎…。実は元親に誘われて、ちょっと…たぶん一週間くらい……う、海にな」

「海……一週間もですか?」

「そ、そう。一週間か…もうちょい」


歯切れの悪い返し方に小十郎は首を傾げる。
一週間ともなればさすがにリゾートではあるまい。
キャンプにしては長すぎるし、海とだけ言われてもぴんとこない。


「……政宗様」

「な、なんだよ…」


…目を合わせようとしない。
これは何か後ろめたいことをしたときの政宗の癖だ。


「嘘をお付きになるようでしたら、経営状況に関係なく行かせるわけには参りませぬ」

「うっ 嘘じゃねえッ!海には本当に行くんだよ!」

「…小十郎には言えぬような場所、と捉えてよろしいですか」

「ちがっ…!」

「ならば言えましょう」


す、と目を細めて政宗を見据えると、一瞬押し黙ったが少しして観念したようにぼそりと政宗が呟いた。


「………島だよ」

「…島?」

「む、無人島だ無人島っ!」

「無人島…」


カチッ


小十郎の思考回路が、保護者モードに切り替わる音が政宗にも確かに聞こえた。


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