現世乱武小説
仁義じゃないのか(小十佐)
午前中成実と買い物に行っていたあいだ、旅館は客を三組迎えていた。
「片倉ァ……おっせーんだよお前っ!」
せっかく帰ってきたというのにかけられた第一声がこれだ。
掴み掛からんばかりの勢いで迫ってきた綱元から(心なしか涙目、か…?)小十郎はいそいそと距離を取る。
「なんだいきなり…」
「なんだじゃねえっ。お前がいなかったおかげで俺が客出迎えたんだぞ…?
……ガキに泣かれたじゃねえかぁッ!!」
「んなこと知るかッ。テメェのツラの問題を俺のせいにするな」
「そうだよつなもっちゃん、かたくーなんて毎度なんだから…一回でめげることないって」
「……成実殿、毎度ではありません」
成実に低い声で訂正したが、実際子供連れの家族が来るとかなりの確率で泣かれる。
やっとふた桁になったくらいの歳の子にもなれば二度見してくるなんてザラだ。
こちらの自尊心をもう少し大事にしてほしいところだが、親からして「見ちゃいけません」なんて子供に鋭く囁いている時点で既にそれも諦めている。
「どうせお前、俺が泣かれてしどろもどろする様を見たかっただけだろ…」
「…おい、そこの自意識過剰。俺にそんな趣味はねぇ」
けっと拗ねる綱元に適当に切り返し、買ってきたばかりの種を早速植えようと表扉に足を向ける。
……というか、しどろもどろしたのか、あいつ。
綱元の台詞を思い返すと思わず笑いが込み上げてくる。
親の前で子供が泣きべそをかいてしまい、あやそうとしてしゃがめば余計怯えられて逃げられてしまうという光景が容易に浮かんだ。
…何故容易かというと、無論俺自身がまさにそれをやられた経験が幾度となくあるからなわけだが。
しかし、いつもは裏方にまわっている綱元にわざわざ代わってもらったのはやはり悪かったかもしれない。
もちろんしっかりとした対応で客室にも通しただろうし、頼りにしている。接待や仕事具合を気にしているわけではない。
単に、慣れないことをさせてしまったな、という負い目があるだけだ。
…まあ、その反面小さい子供に泣かれるのは俺だけではなかったのだという発覚事項に胸を撫で下ろしていたりもするのだが。
いやしかしこの時期に三組も一気に来るとは珍しい。
しかも政宗も自分もいないときという稀な時間帯に。
確かに予想以上に帰りは遅くなってしまったが、綱元に運がなかったということにしておこう。
「さて…」
健康サンダルを足に引っ掛けて外に出て、看板まわりをざっと見る。
花や木のことをよく判っているわけではないが、やはり根から栄養を摂取するタイプはあまり混み合っていないほうが綺麗に育ってくれるはずだ。
そうあたりをつけて適当な場所を見つけると、初心に帰って種の袋を裏返し植え方の説明を黙々と読んだ。
肥料を混ぜたり腐葉土を足したりといった作業を含め種を蒔いて水をやった頃には、裏からまわったため気付かなかったが政宗が帰っていた。
藤の花を植えたことを伝えると、政宗は成実同様 感心混じりに喜んでくれた。
「そういえばうちの中庭にもなかったよな、藤」
「ええ。見られるのは来年ですが、綺麗に咲くといいですな」
「お前が世話して枯らしたもんなんてないだろ。そこんとこは心配してねぇよ。」
さらりと誉れを頂戴してじぃん…と感慨に浸っていると、そんなこちらの様子に小さく笑って政宗はそんなことよりと調子を変えた。
「来週から考査なんだ、俺。また家庭教師よろしくな」
「は、私に出来ることならなんなりと。では小十郎も教えなくてはならないところを予習せねばなりませんな」
「安心しろって。お前にやってもらうのは数学と世界史と現代文と古典と……あと政経に化学、倫理……まぁこんくらいだからよっ」
「……素直に外国語以外と仰ればいいものを」
「うるせっ。捨ててる教科だってあるんだからいいだろ!特に倫理は真面目に頼むぜ?採点が調教師でよ……絶対赤点とらせようとしてくるから」
去年まで教えていた中に確か倫理という教科はなかった。
新手のものを落とさせてはいけないとなるとなかなか苦しいものがあるが、記憶によれば倫理とは人としてこうであれ、といった教科ではなかったか。
だったら……案外得意分野かもしれない。
「政宗様、倫理をお勉強する際には仁義を学べばよろしいかと」
「仁義?……え、仁義?なんでいきなりお前の領分入ってんだよ」
「? 倫理とは道徳を学ぶものではないのですか?」
仁義も義理と人情などといわれるが、元を辿れば道徳だ。
そう考えると、自分が以前まで身を置いていたところは道徳のダムだったともいえる。
……ふむ、捨てたものでもない。
しかし政宗は複雑な顔をすると、一度事務所に戻り何やら厚い本を持ってきた。
「仁義も少し興味あるんだけどさ…
教科書の中から"倫理"を教えてください。…すっげぇ言いにくいけど宗教とかがメインなんだ、今回」
「あ……し、宗教、ですか…」
…倫理と仁義はやはり違うらしかった。
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