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現世乱武小説
棄権(小十佐)


困惑気味に目を泳がせている才蔵。
いつもの居丈高な雰囲気はどこにもない。


肩に置かれた才蔵の手を引き剥がそうと、中途半端に虚空に浮いた手でその手首をゆっくり掴もうとしたが、指が触れた途端才蔵は怯えたように手を引っ込めてしまった。

弾かれた手がまた中途半端に浮く。それを見て才蔵はばつが悪そうな表情を一瞬浮かべたが、どこか逃げるようにふらふらと後退してしまう。


「…才蔵?どうし――」

「さ、猿飛、殿…」


尚も揺れ続ける瞳。
戸惑いを隠しきれず見開かれた目は、それでも佐助を捉えている。

才蔵の急な変化に佐助も置いてきぼりをくらっていた。
いきなりどうしたんだろう、何かまずいことをしただろうか、そんな疑問がぐるぐると頭の中を旋回するばかり。


「すまん……い、今は駄目だ。果たし合いはまたにさせてもらう…」

「え……ど、どうしたの急にっ…俺がなんかした…とか?」

「いや、猿飛殿のせいではないっ。ただ…よく判らんが心臓がおかしい。なんだか変だ……とにかく今日はいい、帰る」

「あ、ちょ……さいぞ…!」


才蔵はぱっと踵を返すと振り返りもせずに荷物を引っ掴んで走っていってしまった。


一人取り残された形になり、ひたすらぽかんと立ち尽くす。

帰ると言ったときの才蔵は何故か泣きそうだった。
手を払ったときもまるで無意識だったように驚いていたし、ほかにも不可解な言動が目立っていたことを思い出す。


「…大丈夫かな」


さっき心臓がどうとか言っていなかったか。
確か今日の掃除で一番各所を飛び回っていたのが才蔵だった。
こういうのは下っ端がやるものだろう、と自らを卑下するでもなく当然の如くさらりと言っていた。

そんな謙譲的な態度に甘えてしまったのかもしれない。
才蔵任せで、今になってみれば彼ばかりが動いていた気がする。

誰か一人に労を課すなんて、指導者がもっともしてはならないことだ。


…今日で終わりだからって、ちょっと気抜きすぎてたかもな。


もそもそと荷物をまとめ、駐輪場に向かおうとして思いとどまった。

才蔵がまだいるかもしれない…
出来れば居心地の悪い思いをしてほしくはない。


「……」


うん、もう少し時間潰してからにすればいっか。
下ろしていた作業着の上に腕を通し、きつく絞めていたバンダナも外す。


まだ日は高く、ちょうど昼飯時といった時分。
とりあえず完成したことを信玄に伝えて指示を煽らなくてはいけない。

最近の信玄は特にやることもないからと書道を極めていた。
信玄の部屋である和室の壁にはその努力の結晶たちが所狭しとひしめき合って、もはや壁など見えない状態になっている。


まだ半日残っているということもあり、帰宅というのも勿体ない気がするが…

ま、それもありだよね。


たまには早く帰ってゆっくりコーヒーでも飲みながらテレビなんか見るのもいいかもしれない。

ここのところ、なんだか慌ただしかったから。


最初こそ面倒だった果たし合いが流れてしまい、なんとなく空虚感に苛まれながらゆっくり足を進めた。


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