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現世乱武小説
わたくしのすべて(左三)


レプリカを組み立てる左近の意識は完璧に散っていた。


見てしまったのだ。

――上杉謙信の、その頭を。


ある程度の予想はしていた。
中でも、武田さんのように丸めているのではないか説が一番有力だったのだ。
僧さながらに綺麗に丸め、それをあのシルクのような肌触りの布で覆っているのでは、と。



それが……見事に裏切られた。

…最終的には二重に裏切られた。



謙信は嫌がる素振りを露ほども見せず、拍子抜けするほどあっさり頭巾を取った。
その純白が滑らかに落ちるのと同時に、艶やかなまでの黒が流れたのだ。…それはもうさらりと。

あまりの良質さに開いた口が塞がらず、唖然としたまま絹のような髪に指を通そうとしたが細すぎる手に押しとどめられた。


『…サラッサラ……なんですね』

『ええ、ストレートです』

にこりと笑ってみせたかと思うと、謙信はその笑顔のままされど、と続けた。

『これではびしゃもんてんのかごはうけられません』

『……は?』


嬉しそうにストレートですと言っておきながら、これでは加護が受けられないと言う。
常に「毘沙門天の加護あらんことを」などと言っているのにどういうことなのか…

その矛盾した様子に頭の回転が追い付かない。
いや、もはや回ってなどいなかっただろう。完全に思考を放棄していた。


『あなたには、わたくしのすべてをしる かくご がおありですか?』

『…ま、まだ何か…?』


はっきり言って、ここまで驚いてしまえば怖いものなど何もない。
ちょうどまとめやすい程度の長さの、それこそ縮毛した直後並の黒髪をさらりと肌の上を滑らせる艶かしさは尋常ではないが、白い顔のこの人には割と似合っている気もしなくはない。
……なんて考えてる時点で俺も相当やばいのかもしれないが、この際なんでもござれ、だ。


こちらの問い返しを応と取ったのか、謙信は見せ付けるように黒髪を指先に絡め、梳いた。


『……あ、れ?』


…伸びた?

肩くらいまでしかなかった髪が、謙信の指に誘導されるままに二の腕あたりまで……あれよあれよという間に肘まで伸びている。


な、な、なんなんだ……この人…

恐怖にも限度があるだろう!
何してるんだ……ていうか既に人間の域を超えてるよな…


が、同時に違和感に気付いた。

謙信の伸びている側と反対の髪が…


あ、あんなに短かったか?


いやいや、肩までという長さは対称だったはずだ。
それが……耳の上に毛先ってどういうことだ。
あれじゃあ某アニメのワカメちゃんではないか。

そして、ひとつの結論に至った。
とてもヒトの成せる技ではないが…

片方を伸ばすと片方が縮む。

これ以外に考えられない。


『う、上杉さん……その、』


確認を含め、どういう仕組みなのか。ついでにそうすることによって加護が受けられるのかを訊ねようとしたとき。

ずっと伸ばし続けていたため、短くなる側がとうとう長さが足りずに脳天を通過し、



するんっ、と



なくなってしまった。


『ひッ!!』


ばさりとそのまま重力に従って、謙信の髪は片側に流れ落ちた。

現れたのはまさに信玄同様の坊主頭…


これは……失敗したのか?
引っ張りすぎて反対側がなくなってしまい、毛根をなくした髪の毛が呆気なく落ちるなんてこと…

どうやってまた頭に付けなおすのか。
もしもう手遅れなんてことになったら…


不安を露に動揺の眼差しを向けるが、相変わらず謙信は菩薩のような微笑を称えている。

心配するなということか…?
それとも、あまりの出来事に表情が凍り付いたとか…

嫌な汗をかくこちらをまっすぐ見つめて、謙信は口を開いた。


『ふふ……かつらですよ』

『か、つ……ら………


って、

ヅラっ?』



……え、なんで?

確かにその考えには行き着かなかったが…

何より、上杉さんがあえてヅラを装着していた意味が判らない。

頭巾を被っていて見えないのにわざわざヅラを……それも何故かストレートのミドルをチョイスしてなんになる?
むしろそんなもの無しで直接被ったほうが蒸れたりしなくて勝手がいいんじゃ…


『かみのけがあると かご をうけるのがむずかしくなるのです』

『……へ、へぇ…』


じゃあ何故に人工毛を生やしているんですか、という質問は恐ろしくて出来なかった。



つまるところ、上杉さんはびっくり人間だ。

そうとは判っても、どうにも衝撃的すぎて思考回路は変わらずフリーズしたままだ。
黙々とレプリカを組み立てながら、これをどう三成さんに説明するべきかとぼんやり考えていた。


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