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現世乱武小説
そんなの聞いてない(左三)


三成のアパートから"竜の住み処"まではそこそこ距離がある。
歩けば40分はかかるだろう。

それでも何故出無精の三成が徒歩でそこに行くと決意したのかというと、帰りは左近の車に乗っていく気満々だからだった。


話を聞いてもらいたくて仕方ないとはいえ、時刻が時刻なだけに一人で歩くのは少なからず気が引ける。
前はこんなことなかったのだが……左近と初めて出会ったあの日が今でも鮮烈に脳裏に焼き付いている。あれがトラウマになっているのかもしれない。


道路沿いを行っていればさほど暗くはない。
極力人目のある道を選んで……



って…俺は女子か!



…まあいい。
そんなこと今気にしてもどうもならない。
俺が何故こういった道を選んでいるかという理由は、俺以外の誰も知り得ないのだから。
そうだ、もし訊かれたらコンビニを探していますと言おう。これなら疑う余地などないはずだ。

それに、左近は口癖のように最近何度も何度も言ってくるのだ。

『ご自分に向けられる視線の種類を見分けてください』

と。言われた当初は何をわけの判らんことを、と思い気にしていなかったが、そんなこちらを見越してか先日補足してくれたのだ。

『要するに色目ですよ。三成さんは綺麗なんです、自覚してください』

綺麗…
美しいでも、可愛いでもなく。

そんなことを言われて嬉しく思う男などいるか、と煩わしく感じていたのは最初だけ。
今となってはそう言った直後の左近を見るのも恥ずかしい。



……って、本当に俺は女子かっ!!



そんなこんなをもやもやと考えているうちに漸く目的地に着いた。
うむ、あまり疲れなかったな。


街灯の明かりで見える限り、砂利が敷き詰められた客用の駐車場には車らしい影は一台もないようだった。
さすがに月曜日に宿を借りようという浮世離れした輩はいないらしい。


チェックインが何時から何時までなのか知らないが、この旅館は相当緩いとみえる。
来る者拒まずというより、そもそもそんな規制ないんじゃなかろうか。
今だって深夜だというのに暖簾は控えめにライトアップされているし、看板にもしつこくない程度に光が当てられていた。


カラリ、と扉を横に引くとフロントの暖かな目に優しいアンバーが迎えてくれる。
当然というかなんというか、フロントは無人だった。

しかし奥からは人の話し声のようなものが聞こえてくる。
とりあえず安堵して声を投げると、一瞬しん…と静まり返った。
かと思うとばたばたと慌ただしい複数の足音が迫ってくる。


「いいいいらっしゃいませっ!」

「よっ、ようこそおいでくださいま……し、た?……石田?」

「あ?……石田?…誰」


がばりと頭を下げたのはここの支配人と、銀髪の見慣れない強面の男。
随分背が高いが…左近くらいあるだろうか。

驚きを隠せずに眉を潜める小十郎に、眉間を寄せて凝視してくる銀髪の男。


……正直、かなり怖い。


「こ、こんばんは…」


刺激しないようにそっと頭を下げると、小十郎が複雑そうな顔付きで首に手を当てた。


「…島のツレだ」

「ああ、あの別嬪さんとかって人か。はぁー…こりゃ美人だわ……っと、失礼しました。鬼庭です」

「……石田三成だ」


小十郎の顔を見て思い出した。
昨日浴衣を一式ここに放ってそのまま飛び出したの…

今更だがものすごく気まずい。


「…き、昨日は迷惑をかけたな」

「いや……俺らより島に言ってやってくれ。相当参ってたぞ、あいつ」

「……そうか」


…いきなり失踪したのだ、心配もするだろう。それを俺は捨てられたかもなどと…

最低だ。


「島には会えたのか?山形に発つまでにお前を探してまわってたはずなんだが」

「なっ…!そ、そんなこと一言も…!」


小十郎の言葉に絶句した。
探したなんて俺には言ってくれなかった。


「ま、立ち話するような内容でもないみてぇだし…上がれよ。客はいねぇから気にすんな」


綱元がそう言って軽く俺の背を押す。
促されるままに足を進めるが、頭の中は何も考えられなかった。


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