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現世乱武小説
最大の恐怖(左三)


ひとしきり冗談をかまし合い、夜も遅いからと言ってしばしの別れを告げ携帯のフリップを閉じた。

筐体を片手に収めて背もたれにぐっと寄り掛かり、溜息というより深呼吸に近いそれをして身体全体を思いきり伸ばす。


初めの暗く沈んだ声にこそひやりとしたものの、三成は自ら折れてくれた。
それがなければ今までどおりのこちらが歩み寄る展開になったはずだが、このたった一日のあいだにあの人は大きくなっていた。

あれが若さか、と思うと同時に嬉しさに心が浮つく。
あの人のあの成長は、俺という存在があってこそだと判るから。
自惚れだとは思わない。
それだけの愛を感じる。


「……なぁんてな」


小さく嗤って携帯を持った手を目頭の上に当てる。

まったく……まるで俺らしくない。
鬼左近とも呼ばれた奴が、随分とまぁ丸くなってしまったものだ。
……かと言って丸くなった元を手放すつもりは毛頭ないが。


「…いまのかたが、あなたをまっているというひとですか?」

「っ……ぎゃあああッ!!!」


唐突に割と近いところから声がしたかと思うと、謙信が天蓋付きのベッドに優雅に腰を下ろしてこちらを見つめていた。
驚きのあまりつい携帯を投げ付けてしまうところだったが、なんとか衝動を抑えて踏ん張る。

その様子に微笑ましそうな優しげな眼差しを向けてくる謙信から、左近は椅子に座ったままがたがたと距離を取った。


「う、うう上杉さん!?いつからそんなとこにっ…!」

「いつということもなし。しんそくをもってもどってきたまでです」


し、神速……ああそうですか。
そうだとしても一声かけてくれ、上杉さん。
非常に言いにくいことだが、顔まわりの頭巾と周囲の壁が本当に同感してるんだ。
おかげで顔だけが浮いて見えて恐ろしくて仕方ない。

……なんてことより、まさか聞かれたか…?
俺の今回の最大の目論みを!


ちらりと窺うように謙信に横目を投げるが、涼しげな微笑は一向にその本性を見せようとはしない。
そう簡単には、という余裕からなのか。
なんだそのような些事、という了承からなのか。
はたまたさせるものか、という嵐の前の静けさなのか…


腹の探り合いは得意とするところではあるが、さすが取引の軍神と呼ばれただけのことはある。
容易にはいかないようだ。


「…上杉さん、」


だがそういうことなら話は早い。
ポーカーフェイスを切り崩していくには言葉を交わすしか方法は残っていないのだから。

打つ手は決まった。
そして無言の応酬が上杉さんの領分なら、言葉の応酬は俺の領分だ。


「単刀直入に伺います。どこから聞きました?」

「……ふっ」

「……!」


か、軽く笑われた…?

なんだ?
なんなんだ、それが意図するところとは…


謙信はゆったりとベッドから腰を上げると、こちらにどことなく思わせぶりな歩調で歩み寄ってくる。


「しんそくとは、しゅんかん……せつなすらをも うわまわります」

「……ま、まさか…あんたっ…」


信じられない結論が弾き出され、寒気にも似たものがぞくりと肌を這う。
人である以上、そんな馬鹿げた真似出来るはずがない。

しかし、そう考える左近を裏切るかのように謙信は凄艶な笑みを浮かべてみせた。


「ちゃくしんおんがなったときから、わたくしはここにいましたよ」


ごとっ。

不意に床を叩いたのは、手にしていたはずの携帯。
いつの間にか手から擦り抜けてしまったようだ。

だが待て。
今まで擦り足のように少しずつ距離を詰めていた謙信が何故こんな目と鼻の先にいる?
更には手首を掴まれており、携帯を取り落としたのもその際の反動のせいだろう。

そこは合点した。
しかし、だからといって…


「……いや、有り得ませんって」

「ふふ…」

「……レプリカの材料は?」

「べっどのうえにありますよ」


掴まれいる手首からみるみるうちに体温が引いていく。
つまり…ちゃんと持って戻ってきたらしい。

こ、こえぇ…

深海魚か何かを見るような眼差しで眼前の謙信と対峙しつつ、必死に笑顔を繕う。
掴まれていないほうの手を出し、なんとか指を一本立てて左近は逃げを打った。


「どっ……








どんだけ〜…」


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あきゅろす。
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