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現世乱武小説
落胆の波に埋もれて(左三)
*視点変更*





バイト中はいつもカバンと一緒にロッカーに入れておく携帯を、今日は制服のポケットに突っ込んでいた。

別に誰かからの電話を待っているわけじゃない。
ただいつ緊急事態が起こるか知れないから念のため持ち歩いているだけだ。
…ということにしておこう。
あいつからの連絡を待っていると思えば思うほど己の意気地のなさを思い知らされるだけだから。


バイト前にこちらから電話を入れてみようかとも考えたが、もし相手が出ても何を話せばいいか判らないので結局やめた。
……いや、謝ればいいことくらい判っている。しかし謝ったあと何を言えばいいのか、それを思うだけで心拍数が上がってしまうのだ。

だがこれはあちらからかかってきた場合でも一緒。
寧ろ自分のタイミングがないぶんより話しにくいかもしれない。
おかげで仕事が手につかないつかない…

注文は取り間違えるわ段差も何もない場所で躓くわで、揚句店長にまで心配されてしまった。


顔色悪いよ、大丈夫?
そう言われる度に首を縦に下ろしていたが、夜の11時をまわった頃とうとう直々に帰宅命令が下された。
大丈夫ですからと返すも、取り付く島もなく「よく休め」と言い渡されては甘えないわけにはいかない。


着替えをのろのろと済ませてロッカーを出て店をあとにする。
暗い道を歩く足取りは重いものだった。

もしかしたら、もうこっちに帰ってきた左近が部屋で待っているかもしれないのだ。
つまりアパートに帰ったら左近に会う。…電話の比にならないほどテンパる自信がある。
やはりそうなる前に電話をかけたほうがいいのだろうか。
今どこにいる、とか訊けばなんとか場を凌げるか…?


なんのかんのと考えているうちにアパートの自室に来てしまった。


「…………」


しまった…
余計なことを考えていたせいで電気がついているか確認するのを忘れていた。

やむを得まい、と息を殺してドアに耳をつけてみた。
少しでも音がすればそれが左近ということになるのだが…


「…………」


わ、判らん…!

人の気配がないと言われればそんな気がするし、逆も然り。


外にまわって電気がついているかだけ見に行くというのも手だ。
…いや待て、ここで呼び鈴を鳴らすというのもありだな。
いなかったらそれでよし。もしいたとして、何故自分の部屋なのにわざわざ鳴らすのかと問われたら電気がついていたからと答えれば…!


ふっ、左近敗れり。


……いざ!



ピンポーン…



「……」


中の反応を窺いつつ、呼び鈴の上に置いていた指にもう一度力を入れる。



ピンポーン…



「………?」


無反応…

なんだ左近の奴、寝ているのか?


いつの間にかいることを前提に憮然としつつ鍵を取り出して、そこで気付いた。


この部屋の鍵を持たない左近が中にいるわけがないではないか、と。


「……」


思考は停止し、しばらく固まっていたが機械的に手を動かしてドアを開ける。

室内は真っ暗。
当然、大きめな革靴も見当たらない。


後ろ手に玄関を閉め、靴を脱いでそのままリビングに向かう。
電気をつけてもそこに広がるのは数日前家を開けたときのままの光景。

カバンを足元に置いて寝室に入ると、ベッドにばふんと俯せに倒れ込んだ。


「………」


…なんだか酷く惨めだ。
恐らく自分の顔はものすごい仏頂面になっていることだろう。


早めに帰ってくると言ったくせに…


ぎゅっとシーツを握り込み、枕に顔を埋める。

そりゃあ仕事の都合というものもあるだろう。
帰りたくても帰れない状況なのかもしれない。


でも、どうしても俺に会いたくないから帰りを先延ばしにしているのではと疑ってしまう。
もしくは既に帰ってきているのに連絡を寄越してこないだけ、とか…

シーツを握る手に力を入れる。
枕にも顔を押し付けて込み上げてくるものを捩伏せ、軽く咳込んだ。
どうも学校にいたときから鼻水が出ると思っていたが、きっと左近とぎこちなくなって旅館を飛び出したときに身体が冷えたのだ。


"ちゃんと拭かないと風邪引きますよ"


風呂上がりに濡れた髪をそのままにすると、苦笑混じりにいつもそう言ってタオルで頭を包んでくれる。


「……左近」


声に出してみるが、それを発音するのがひどく久しぶりに感じてぐっと唇を噛んだ。


しわくちゃになったシーツから手を離し、ポケットにそっと滑り込ませて中をまさぐる。
指先に触れた筐体を引っ張り出すと何かを考える前に履歴の一覧から番号を呼び出していた。


いくらでも謝るから…
もうあんな意地は張らないから…

――だから。


数回のコールが、やけに長く感じた。


.

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