現世乱武小説
それでいい(小十佐)
原チャでの帰路の途中スーパーに寄り、夕飯の買物を済ませて家に帰ってきた。
時刻は既に五時をまわっており、玄関に入った時点で幸村の靴に気付き、無事帰還したことを物語っていた。
問題はどんな様子か、だ。
もしもの事態に備えてとりあえずみたらし団子六本入りを三パック買ってきたのだが…
「ただいまー」
内心家の中の様子を探りつつ、声だけは平静を装って足袋を脱ぐ。
そして上がり間口に片足を乗せたとき、待ち望んでいた元気な激突音と共に居間に続くドアがバァンと開く。
「さ…佐助ぇぇぇええ!!!」
「はいはいただいま」
現れた幸村はそのまま跳び蹴りをしに駆けて来ることなくその場で両手に拳を作り、リング上の勝者の如く佐助の名を叫んだ。
この様子にどれだけ安堵したことか。
無理をしていないいつもの旦那。
これこそ俺が好きな姿だ。
「…大丈夫だった?」
にっと笑って訊ねると、幸村は雄叫びを中断して同じようににっと笑った。
「もとに戻ったぞ!佐助のおかげだ…感謝している」
「俺様は何もしてないけど……さすが旦那だよ」
そう、俺は何もしていない。
ただマイナスが刷り込まれているだけの俺は何もしてやることが出来なかった。旦那が一番困っているときにだってマイナスしか教えてやれない。
打開したのは旦那本人だ。
「…しかし弁解は出来なかった。別の機会に言わねばとは思うが……いや、なんでもない」
…なるほど。
仲直りは出来たが、何故昨日帰ってしまったか。その理由が言えなかったということらしい。
「そりゃあ今朝は昨夜のことがなかったように接したんだから言えなくていいんだよ。問題はこれからどうやって伊達の旦那と一緒に過ごすか、だよね」
今までどういった触れ合いをしてきたのかは判らないが、幸村が何かアクションを起こさない限り政宗は何もしてこない。…否、出来ないだろう。
それこそ、これまで乗り越えてこれていたキスすらも。
しかし幸村は、前途多難なはずの己の恋路を前にして力強く頷いた。
「うむ、おそらく俺はまた混乱するであろう。」
が、と目元を緩めた幸村と目が合う。
「俺には佐助、おぬしがおる」
「旦那……でも俺…」
「俺は佐助を信じておるぞ。おぬしにその気がなくとも…俺がそうしたいのだ」
「――…」
まったくこの人は…
こちらの杞憂をすべてさらっていく。
…これがプラスにマイナスが加わった結果か。
「……旦那、」
「うむ」
「ほんとにすごいよ。真田の旦那は俺様の誇りだ」
よいしょしているわけじゃなくて、本心からそう思う。
人を慮る器量を持つ、俺の誇り。
「俺も佐助を誇りに思っておるぞ!料理・洗濯・家事・育児!それらすべて佐助の右に出る者なぁーしっ」
「あははっ、ありがと」
「――それに、おぬしは俺に人との付き合い方を教えてくれた。政宗殿のことも、おぬしがいなければお付き合いするにも及ばなかったであろう。…感謝している」
「……」
誰に教えられたわけでもないのに、何故こうも人の心を救うような言い方が出来るのだろう。
御礼など言われるようなことはしていないが、旦那がそれでいいと言っているんだからいいんだ。
「…だが三成殿の様子がおかしくてな…。政宗殿とマックに行っておるが大丈夫であろうか」
「あー……」
島さんからあのあと旅館には何も連絡はなかった。
見つかったとも、見つからなかったとも。
三成がいつもと違ったということは……やはり後者だろうか。
どこで一夜を明かしたのかは知らないが、きっと心のどこかで左近を待っているはずだ。
…でも、小十郎さんが言っていたとおり、俺たちが何かしてどうこうなるものじゃない。
「だーいじょうぶだよ、旦那。みっちゃんには島さんがついてるじゃない」
明るくそう言って笑えば、考える素振りをしていた幸村も何かを振り切るように頭をぷるぷると振って屈託なく笑い返してきた。
「そうでござるな!兼続殿もついておられることだしなっ」
「あ、そうだ旦那、ご褒美に……じゃーん!団子づくしー!」
「おぉ!みたらしが三パック…!しかしなんの褒美だ?」
「え?……あー、なんか…いろいろと?」
「? とにかくいただこう!茶を頼む、佐助!」
「俺様夕飯の準備だから自分でやってー」
「…ぬぅ!!」
自然とみっちゃんのこと気にするのも、俺のお節介が旦那に感染ったからかも。
「……さすがにそれは自惚れか」
「何か言ったか、佐助?」
「なんでもないよ」
違うことを考えていたら、夕飯の準備にかかるはずの手は無意識に茶の用意をしていた。
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