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現世乱武小説
学はなくとも勘はいい(小十佐)


従業員用の駐車場に愛車を停め、裏口へと歩く。

段々と本格的な暑さに見舞われる時期に入ってきたので、旅館の大きな武器である温泉による客引き効果はあまり期待できなくなる。
暑い中汗を流すとなると、どうしても温泉というよりはプールだったりサウナだったりというほうに思考が傾いてしまうのだ。
夏休みなどといった大型連休には客も来るものの、週末や祝日などでは期待は薄い。

…なんて嘆いてみても、これが毎年なのだから泣く気も失せるというものだ。


「おーい、しはいにーん!」

「…む」


裏口のノブに手をかけたと同時に、どこからともなく呼ばれた。

しかし、首を巡らせるがどこにも人らしき影はない。
声は確かに自分を呼んだように思ったが…


「しはーいにーん!!」


……気のせいではないらしい。

方向的に中庭のほうからしたようだが。


「……あ」


そこまで考えて漸く合点した。
庭の手入れを任せた人物が一人いたではないか。
何かあったのだろうかと踵を返して中庭へと回り込む。


「片倉しはいにぃーん!!」

「……にしてもでけぇ声だな」

「かぁたくらぁー!!!」

「っせえ!!聞こえてらァ!!!」


怒鳴り返すも、本来彼にはそういった口は利けない。
なんといっても政宗様の従弟なのだ。
駆け出しで経営が覚束なかった一番辛いとき、政宗様を俺と共に支えたうちの一人が彼――


「…成実殿、客人がいないからといってかような大声…褒められたものではありませぬぞ」

「だって支配人、返事してくれないし」


そう言って子供のように頬を膨らませる成実。
政宗同様黒髪で、長く伸ばしたそれを高い位置で縛ってみたり下のほうでまとめたりと日々遊んでいる。
整った顔立ちに加えて洒落た髪型であるため、女に間違われるのも珍しくない。


「てかこれどうすんの?抜いちまえって言ってたじゃん、かたくー」

「ああ、整えてやれば問題ありませんが…藤でも植えようかと思いまして」

「お、いいねぇ藤!でもそれなら入口のが映えるんじゃね?」

「…なるほど、それは考えておりませんでした」


討論にかけられている紅枝垂を二人して撫でながら軽くひとつ頷いた。


「では店の顔となっていただきましょう」

「了解ー。もう花買った?」

「いえ、季節が終わってしまいましたので」

「なるなる。じゃ、種買いに行こうぜ、かたくー」

「…今、ですか」

「うん。どうせ客なんて来ないって」

「……」


笑顔でそんなことを言ってくるが、別段自棄になっているわけではないのだ。
ただ軽いノリのわりに現実主義なだけ。


ちなみに、あまり触れてほしくはないが「かたくー」とは無論俺のことだ。
成実の口から支配人と呼ばれることはほとんどない。客の前くらいだろう。


もともとこの旅館を運営していくにあたって支配人は成実が勤めるはずだった。
が。

『え、俺学ないから無理。ライバル店に潰される可能性大だからかたくーにパス』

一体この近辺のどこにライバル店なぞ存在しようか。
単に行動派な成実のこと、言われて動くほうが性に合っているのだろう。実際学もないし。


「…ねぇ、綱元と話してたけどさ、政宗のやつ平気?」

「……と、言いますと」

「夕べかたくー寝てないっしょ」

「………」

「政宗も」

「……………」


学はないが勘は鋭い。
人の変化を敏感に感じ取ることが出来る成実に、知らないふりは通じないらしい。

しかしこれは政宗の問題なのだ。いくら幼少時代からの仲とはいえ、自分しか知らない現状をほいほい筒抜けには出来ない。
政宗がそれを望むなら話は別だが、事情が事情なだけにそうも思えなかった。


「今朝来た熱血くんが絡んでんだろうけどさ……ってのは俺の憶測だけど、政宗のこと気にしすぎてかたくーが疲れてちゃ世話ないからね」

「成実殿…」

「それにかたくーも…政宗のことだけでいっぱいのくせに違う人の面倒も見ようとするし」

「……、」


言葉が出なかった。
何故ここまで気にかけていてくれて、それに気付かなかったのか。


「政宗のことなら俺とつなもっちゃんも力になれるかもしれないしさ…って、これかたくーに言っても仕方ねぇや。政宗ー!早く帰ってこーい!」

「…成実殿、」

「ん、なになに?俺の優しさに涙出ちゃいそう?」

「……ええ」

「いいよいいよーたまには泣けっ!………って、マジでっ?待てよ俺かたくーのあやし方知らねー!!」


楽しそうに笑っていたかと思えば今度は頭を抱えたり。
忙しい人だ。
だが、成実の言うとおり。

少し背負いすぎていたかもしれない。


「…よく今まで疲れなかったな、俺」


感慨深くしみじみとぼやくと、え?と成実が顔を上げた。


「そりゃあれだよ、歳で疲労感じる神経麻痺してんだぅごあっ!!」

「……」


殴るときは殴る。
再び成実は頭を抱え、何かそういう生物のようにのたうちまわっていた。


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あきゅろす。
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