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現世乱武小説
負けず嫌いだから(小十佐)


異様なまでに鳴り続ける大仰な鼓動。
心臓が胸をたたき付けるように、内から外に破り出ようとしてくる。


「…猿飛殿?」

「――…ッ、」


今……俺、呼吸も出来てなかった…?


微動だにしないこちらを見兼ねて、才蔵が遠慮がちに背中をさすった。


「……大丈夫か?」

「あ……へいき」

「虚勢がいい結果を産むことはまずない。小十郎殿に引き返してもらえ。今の猿飛殿では俺の後ろもおそらく無理だ」

「………」


見下すような言い方などではなく、感じたことをそのまま忠告してくれているのだろう。
才蔵は一度自分のバイクを見遣ったが、すぐに佐助に視線を戻した。
運転はおろか、運転手にしがみつくだけの後部シートもキツイだろうと。
だから小十郎に戻ってきて送ってもらえと。

宥めるように背中を行き来する手がやけに熱く感じる。
心配してくれている…
それなのに俺、何くだらないこと考えてんだろ。


「……」


でも、判るんだ。


まだ才蔵は気付いてないだけなんだって。
自分の気持ちに…




小十郎さんのことが好きになってる、自分の気持ちに。




「……うん、ありがと」


今はこれだけしか言えない。
下手に何か言って、才蔵が気付くきっかけを与えてしまうかもしれないと怖れているから。


「……今度な、猿飛殿」

「うん?」


ゆっくりと程よい力加減で背中をさすってくれていた手が、不意に止まった。
なんだろうと顔を上げてみれば、何かを決意したかのような力強い眼差しがこちらを見つめている。


「車の免許を取りに行こうと思っている」

「……え、あー…そ、そうなんだ」


脈絡のない宣言は、一瞬聞き間違いかと疑うほどなんだか場違いで。

もっと小十郎に関係することかと思っていたからだろう。
強張っていた身体が脱力した。
勝手にこちらが危険視して小十郎に近づけないよう躍起になっていただけで、才蔵は何も変わっていないのだ。
そのことに遠巻きながらほっとしたとき。


「そうすれば、猿飛殿が体調を崩したときも俺が病院に連れていける」

「……さ、いぞ…」


思わずぽかんとしてしまった。

よく見ていないと判らないほどの些細な表情の変化だったが、佐助には才蔵が小さく笑んだのが判った。


…やさしい子だなぁ、本当に。
小十郎さんを取られるかも、なんて考えていた自分が浅ましく思える。
まあ、もちろんそれでもその危惧が消えたわけではない。


「俺との果たし合いを考えて体調を乱すとは…やはり歳なのだな、猿飛殿。ゆっくり休むといい」

「……」


…いや、やっぱり考えすぎか?
単純に俺様を馬鹿にしてるだけだったりして。
だけど相変わらず顔は真剣そのものだし…


「あー!もう才蔵めんどくさいっ!」

「なっ…いきなり何を言う!猿飛殿もまさかラリったのか…?」

「きぃぃぃぃぃ!!!!」


うん、判った。
すべては俺様の考えすぎ!絶対そう!


もし本当に才蔵が小十郎さんのことを好きだったとしても、譲る気はないのだから堂々と取り合えばいい。


「……俺様、負けないよ?」

「む、珍しくやる気だな。俺も負けんぞ」

「負けず嫌いだからね、俺様たち」


果たし合いとやらも、もしもの小十郎争奪戦でも。
負けるってやっぱりカッコ悪いじゃん。


どんなに恋敵が現れようと構わない。
小十郎さんが俺様以外の奴に向くことなんてないようにしてやる。


足取りも確かなものになり、疑惑は残ったままではあるが振り切ってヘルメットを被った。


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