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現世乱武小説
プラスとマイナス(小十佐)


なんとか、小十郎がドアを開けてその凶器にもなり得る顔を皆に見られるという事態は避けられた。
全力疾走した甲斐もあるってもんだ。

弾む息を整え、スモークがかった窓が音もなく下ろされた運転席に声を投げる。


「やっほー小十郎さん、どうしたの?」

「…いや、電話でもいいかと思ったんだがな」

「? 俺様に会いたくなっちゃった?声だけじゃなくて顔も見たいーとか」


小十郎の表情はいたって真面目で、そんな軽い理由ではないであろうことくらい判っていた。
でも、瞳に潜んだ真剣さが…今は伊達の旦那に向けられているはずのその真剣さが、どういうわけか俺に向けられているような感覚を覚えて居心地が悪かった。


案の定小十郎はこちらの妄言などには構いもせず、沈黙を貫き視線を僅かにずらすのみ。


「……」

「……」

「…………」

「…………責任、感じてるだろ」


ぽつりと、低くそう言われた。


「…――」


…何も返せない。

なんの話、とか。なんで俺様が、とか。
逃げ道はたくさんあるのに。
茶化して話題を捩曲げて逃げる、こんなの得意分野なのに。



突っ立ったままでいると、身体の横でいつの間にか固く握り締めていた拳を小十郎に掬われた。


「…仕方ねぇと、俺は思ってる」

「……」


若干大きな小十郎の骨張った手に拳を包み込まれ、長い指で甲を慎重に撫でられる。
それを無言で見つめながら、小十郎の言葉を待つ。


「性分なんだ、何も感じるなってほうが無理な話だろう」

「……。…今朝、旦那…ちゃんと来た?」

「ああ。"いつもどおり"にな。正直……驚いた」


いつもどおり…
やっぱり旦那、いつもどおりに出来ちゃったんだ…

器用になったといえば聞こえはいい。
しかし、それは自分に負担をかけるだけにすぎない。そんなの旦那には似合わない。いつか身がもたなくなるのは目に見えている。

そういうのは…俺が背負っていればいい。


「…だってさ、」

さすられる拳から徐々に力が抜けていく。
今、自分はどんな顔をしているんだろう。
こちらに視線を戻した小十郎の表情は相変わらず真剣で、そこから察することは出来なかった。

「俺が旦那の前であからさまにそういうことしてなければ……旦那も不必要なもの体得しないですんだでしょ」


なんだろう。
気のせいかな、声に感情が篭められてない。


「…旦那はね、プラスのものをいっぱい持ってるんだよ。そのプラスを人にも分けられるのは旦那だからこその天賦の才。そこにマイナスが入ったら……旦那、疲れちゃうと思う」

なのに、と続ける俺を小十郎さんは斜め下から面倒くさがらずに見つめてくる。

「――俺、旦那にマイナス面見せすぎたみたい」


プラスの面を装ってあげられればよかったんだけど、生憎俺の中には圧倒的にマイナスが多い。
プラスを見せようとすればするほど嘘が重なって、結果を見れば嘘というマイナスにまみれたそれを旦那に晒していたことになるわけで。


「…俺はそれが悪いことだとは思わねぇがな」

「……気遣ってフォローとかしてくれなくてもいいよ」

「そうじゃねえ。なら訊くが、お前は真田が大人になってからもあいつの面倒見るのか?違うだろ」

「……あ」


思わず間抜けな声が出た。
のろのろと小十郎を見てみれば、どことなく険しく眉が潜められている。


「逆にいつまでも真田がプラスしか持ってなかったら、おそらく社会で生きていけねぇさ。
マイナスを覚えなきゃならねぇなんて悲しい話だが、それがなかったら常にお前が傍にいてやらないといけなくなっちまう」

「…うん。でも…」

それでも。

「マイナスを使えるようになったら……旦那は酷使すると思う。自分が相手に合わせることで相手の負担が減るって判ったら…
今朝のだって、俺が提案したんだ。普通が一番だからって…」


だけど、それは小十郎の言うとおり、決して全部が全部間違いではないのだろう。
幸村だって自立するときがくる。

もしあの職場の中だけで生きていくならマイナスの仮面なんて必要ない。
が、いずれは棟梁になってもらうつもりなのだ、関係者たちとの連携はプラスの姿勢だけではやっていけない。


「…ああ、無理はするだろうな」


なんてったってお前と育ったんだ、と言って小十郎は笑った。


「あいつはお前を手本としている。なら、お前がほどほどに息抜きすりゃいい」

「……息抜き…俺が?」

「そうだ。そうすれば真田も次第にマイナスのあいだに休むことを覚える……と思うんだが、あんまり断言しねぇほうがいいか」


少し口調を砕いて頭を掻きつつそう零す小十郎がなんとなくおかしくて、思わず小さく吹いてしまった。


「なにその曖昧発言。慰めるならちゃんと慰めてくれる?」

「あーいや、なんだ。真田の場合…わざわざ息抜きなんざしなくても棟梁と殴り合ってりゃなんとかなりそうな気が…」

「さすが小十郎さん!旦那の生態よく判ってるー」


気がつけば俺は笑っていて、小十郎さんの目元も柔らかくなっていて。

旦那に対する罪悪感が払拭されたわけじゃないけど、確実に肩の荷は軽くなっていた。


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あきゅろす。
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