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現世乱武小説
大きくなっても(小十佐)


旅館に帰ってくるのか、直接部屋に帰ってくるのか。
なんの連絡もなかったが、小十郎はひたすら旅館で政宗の帰りを待っていた。

出掛ける前はこれまでに見ないほど楽しそうで、ずっと傍で見てきた小十郎からしたら幸村には感謝してもしきれないほどだった。


既に日付はとうに変わり、月曜日。
平日ということもあり客は流れで泊まることになった元親以外なかったが、それでも職場に留まるのには理由があった。

政宗は、あの若さにしてオーナーであるという自覚を十分持っている。
いくら遊びに行って気分よく帰ってきたところで、旅館の今の状況や客の出入りを気にしてここに来るだろうと確信にも似たものを持っていたからだった。


事務所の椅子をしならせて背もたれに寄り掛かり、無人の室内を見渡して最後に時計を見遣る。
もう子供ではないと判っているつもりだが…
どうしても気になってしまうのが親心。

迎えに行きたいのは山々だが、いくらなんでもそんな無粋な真似はしたくない。そもそもどこのホテルなのかも知らないのだ。
もどかしさは積もるばかり。
しかし政宗を出迎えるのは己の仕事だと半ば意地になったとき、携帯が震えた。
メールだ。

ポケットに入れていたそれを取り出し差出人を見ると、待ちに待った政宗から。
今から帰るという簡潔な文面のみで、別段珍しくはない。
だが、どことなく違和感を感じて小十郎は首を捻りつつも了承のメールを返す。
いつも余計な絵文字やら何やらをごちゃごちゃ付けずシンプルなメールをくれるのだから何も変わりはないと思うのだが、何かが違う気がした。
電話なら声で判るところだが、こちらから掛けるというのは未だ幸村といる可能性のある政宗に失礼だ。


すっかり冷めてしまった紅茶を口に含み、煮え切らない面持ちで主の帰りを黙々と待った。








それから三十分ほど経っただろうか。

裏口が開く音がして、小十郎は椅子を蹴って立ち上がった。
通路の電気を付けて裏口に向かうと、そこには確かに己が主。
…しかし、奇妙なまでに無表情で隻眼もどことなく虚ろだ。


「…おかえりなさいませ、政宗様」


嫌な予感がじわじわと広がる。
この無表情が何を示しているかなんて、わざわざ考えなくても判る。

いつもなら何かしら言葉を寄越す政宗だが、ふらりと小十郎の脇を抜けて事務所に入ると自分のデスクではなく先程まで己が座っていた席にすとんと腰を下ろした。


「…政宗様」


斜め後ろに控えて躊躇いがちに声を投げる。
ぼうっとするばかりの政宗はどこでもない虚空を眺めているように見える。


「なあ、小十郎…」

「はい」


心ここにあらずといった風に気力は薄い。


「……俺、なんかもうわかんねぇや…」

「……。なにがあったのです」


訊ねると、政宗はなんでもないことのように淡々と平板すぎる口調で話してくれた。

幸村とホテルに入ったこと。
何度も確認をした末行為に及ぼうとしたが、寸手のところで拒否されたこと。
特に和解もせずにそのまま幸村が帰ってしまったこと。


「あいつは俺を好いていてくれてる……それは俺だって判る。でもよ…」


拒んだあと、幸村は数え切れないほど謝ったという。とても…悔しそうに。
その矛盾した態度が余計政宗を苦しめているのかもしれない。
嫌なら嫌できっぱり拒絶してくれればいいのに、本心ではないと…申し訳ないと言わんばかりに謝ってきた。


だから、どうしたらいいか判らなくなってしまったと。


確か佐助に以前聞いたところによると、女とは手も繋げないのが幸村なのだとか。
男となら平気かという質問に佐助は頷いたはず。
…しかし手を繋ぐだけということと身体を開くということは大きく種類が違う。


「…あくまでも私の私見ですが、」

「……ん、」

「真田は…性的なニュアンスのものが苦手なのでは…?」

「…でもキスは出来たぜ?」

「それがいっぱいいっぱいという可能性もあります」

「……」


納得出来ないと言いたげに黙り込む椅子に座ったままの政宗を、優しく腕に抱き込んだ。

大きくなってからというものこうすると嫌がったものだが、今回は大人しく腕の中に収まっている。


「あの者が政宗様から離れられるとは思えません。…小十郎は、そんな気が致します」

「...be not sure」

「本当にそうお思いですか?…とにかく、今日真田がどうでるか。すべてはそこで決まりましょう」


もし平静を繕うようならそれに合わせてやればいい。
その逆なら、なるようになっただけのこと。


「……。お前、寝てなかったんだな」


いきなりの話題転換に一拍遅れてついていく。
政宗の視線は紅茶のカップに向けられていた。
政宗を解放して苦笑を漏らす。


「寝付けなかったもので」

「嘘だ」

「――……」

「…悪いな、小十郎。……心配かけてばっかりだ」

「……。なんの、それが私の生き甲斐でもあります」

「……厭味かよ」

「ははは」


ようやく政宗の顔に心からの笑みが浮かんだ気がした。


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