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現世乱武小説
そうして人は大きくなる(小十佐)


いつもどおりにする。


一見簡単なように思えるそれは、心が常と異なる場合において一等難しくもある。
落ち込みを悟られぬよう、尚且つ空元気にならぬよう。

愚直な幸村にはハードルの高い内容かもしれないが、こうする外ないのだ。

しかし。


「ぅおはようございますお館さむぁ!!!」

「うむっ、帰ったか幸村!!」


信玄が起きてくると、幸村は佐助が言ったことを忠実にこなしてのけた。

…流石にこれには驚いた。
旦那が感情を操作出来るなんて…

感心したが、事情を知っている側から見るとそれは痛々しい。
…否、もしかしたら幸村にとって、今行われている信玄との殴り合いや掛け合いが日々の活力への源なのかもしれない。
これによって精神を叩きなおし、リセットしているとしたら。
まあ、だとしても現在幸村は相当な無理を己に強いているはずだが、想像以上に幸村は大きくなっていたようだ。
いつまでも情緒不安定で世話のかかる子供ではないということか。

それが嬉しくもあり、同時に寂しくもある。
…って、親じゃあるまいし。何考えてるんだろ俺様。


「佐助、仕事のほうはどうじゃ」

「あ、はい、万事滞りなく。今週中には終わるんじゃないかと」

「そうか。実は次の仕事の依頼がきておってな。引き受けるかどうか決めよ、棟梁はおぬしじゃ」

「え…、いやっ俺は現場指揮だけじゃ…」


思わぬ信玄の台詞。

でも、実際俺が大将から引き受けたのはあくまでもメンバーを統率する指揮権のみだと思っていたから。
今後の予定とか、設計士との打ち合わせとか、そういった事務的なことは変わらず大将に任せるつもりだった。


そんなこちらの胸の内などお見通しとばかりに信玄は腕を組み、にんまりと居丈高に笑ってみせた。


「すべてをおぬしに一任する。何かあってもわしが対応出来る歳であるうちに一人前になってもらわねばのぅ」

「大将…」


ああ、そういうことか。

先程幸村の成長を感じたばかりなのに、こちらには気がまわらなかった。


俺や旦那が大人になるのに比例して、大将は老いていくんだ。
それはどうあっても抵抗の仕様がない、自然の摂理。

大将だって若くはない。
そりゃあ毎日旦那と身体を張ったスキンシップは取っているということもあって精神年齢はまだまだ現役かもしれないけど、身体の機能は徐々に衰えていく。
意地を張って無理に出張ったところでいいように事が運ぶはずがないって、大将は冷静に考えたんだろう。
普通周りが本人に指摘するようなことなのに。


「なに、初めは見よう見真似でよい。間違えたらわしが対処するまでじゃ。そうして覚えていけば頭のいいおぬしのこと、すぐに一人立ち出来る」

「……了解。」

にかっと歯を剥き出して笑う信玄。
車の運転は激しいし、機械音痴ですぐにものは壊すけど。

「やっぱ大将はすげーっす」


先を見越してこれから取るべき行動を示してみせる。
こんな芸当、我らが大将ならではだ。


信玄を誇りに思いつつ、改めて先の問いに思考を巡らせる。
次の仕事を確保してあるあたりは流石だ。
しかし、今回の作業で急ぐことはなかったとはいえ骨休めは必要。
あまり貪欲になって次から次へと詰め込めば士気にも関わる。

逡巡の後、佐助はよしと一人頷き信玄を見上げた。


「大将、さっきの次の仕事の話なんですけど、もし受けるとしたらいつからか判ります?」

「おぬしが設計士と対面するのは来週の頭じゃ。これも急ぎではない、皆にはそれなりの休養を与えられる」

「え…それなら是非……って!そんな好条件で組めるなら受けるに決まってんじゃないっすかっ」


暇すぎることなく、忙しすぎることもないスケジュール。
金銭的な意味ではなく、対人的には理想的だ。

拍子抜けする佐助に信玄は豪快に笑って丸めた頭を軽く掻いた。


「すまぬな。もしおぬしが考えなしに引き受けてもいいよう事前に組んでおいたが…さすが佐助よ。仕事というものをよく解しておるわ」


要するに試されたらしい。
それもこれも、すべては経験させるための信玄の配慮。


「大将の仕事の取り方を真似ただけですって。
…でも、これからフォローよろしくお願いします」

「うむ、任せおけ」


こんなに頼りになる上司が他にいるだろうか。
棟梁という立場になるにおいて、佐助に不安はなかった。


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