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現世乱武小説
思いどおりにいかない(小十佐)


空になった湯呑みを手の平に収めて弄ぶ佐助に、落ち着きを取り戻した幸村が申し訳なさそうに謝った。

佐助は首を振ることでそれに応え、何があったのか改めて訊ねる眼差しを向けると居心地悪そうに俯いたが幸村は少しずつ話してくれた。


「佐助との電話のあと……政宗殿は浴室から出てこられた。よく判らなかったが、俺も倣ってシャワーを浴びたのだ」

「…うん」

「俺が出ると……だ、抱きしめられて…その、キ、キス、して…」

「…うん」


泣き止んではいたが、幸村の声は未だか細いものだった。
電話で話したときの震えはないものの、躊躇うように、こちらが引いてしまっていないかを逐一確認するように、ちらちらと窺ってくる。

それに真っ向から向き合った。
引かれていないかどうか。それは何よりも不安なものだ。
よく判っているだけに気休めに笑って気付かないふりなどはしない。

今幸村が必要としているのは、きっと傷を舐める慰めの言葉でも、励ましの言葉でも、ましてや同情や哀れみなんかじゃない。


「…ベッドに寝かされた…仰向けに。政宗殿も俺の上に乗って…」

「……抵抗とか、した?」


こちらの問いに幸村はふるふると首を左右に振り、しかしと続ける。


「やはり…、怖かった」


何をされるのか。
自分はどうしたらいいのか。


幸村はまだ何も知らない18歳。
佐助のように女の子との経験があったわけではないため、ストレートに掘るだのなんだの言われたところで何か想像できるわけでもないのだ。
…恐怖は尋常ではなかっただろう。


正座をする幸村の、膝に乗せられた拳の節がぐっと白くなった。


「政宗殿に…何度も確認されたのだ…」


本当にいいのか、と。
今ならまだやめることも出来る、と。

政宗の真剣なその言葉に幸村は頷いたという。
何をするか判らないながらに、政宗なら大丈夫だと信じて。


が、幸村には弱点がある。


「服を……脱がされることに、耐えられなかった…」


そう。
幸村は色事に極端に弱い。
清廉な性格が災いしてか、女性の手に触れることすら出来ない。
キスが出来ただけでも政宗は凄いと思うが、それは長年傍らにいた佐助だからこそそういった考えに繋がる。
詳細を知らない政宗からしたら拒否されたと取っても不思議ではない。


「……そこで政宗殿はすぐにやめてくれた。…気にするな、仕方ないと言ってくれた。」

されど、と続ける幸村は、奥歯を噛み締め肩をいからせていた。

「俺のあの行為は政宗殿を裏切ったに等しくはござらぬか…っ、政宗殿は笑ってくれたが悲しそうであった…!
……政宗殿をお慕いしているのに…信じているのにっ」

「旦那…」

「何故っ!……何故なのだ…、こんなっ…」


悲痛な幸村の声が胸に刺さる。

相手のために何かしてやりたいのに、それを叶えられる体質ではない。
意思に反して身体は拒み、相手を傷つけてしまう。

幸村が色事を苦手としていることは政宗も知っているだろうが、まさかここまでとは思っていないだろう。


「判った、旦那。」

今回の件は、幸村の問題ではあるがこちらが関与出来る部分もある。
湯呑みをテーブルに置いて固く痛々しいまでに握られた拳を両手で包み、しっかり目を合わせて言葉を紡ぐ。

「今日学校行くとき、伊達の旦那のとこ寄ろう」

「っ…」


しかし幸村の瞳は曇ったまま。
大きな目を不安げに揺らし、明らかに戸惑っている。


「喧嘩とかしちゃったわけじゃないんでしょ?」

「ま、まぁ…」

「じゃあ心配ないよ。」

にっと笑ってみせるが、幸村は口篭ってしまう。

「ねぇ旦那、もしこっちから歩み寄んなければ伊達の旦那はもっと寄りづらいはずだよ?
伊達の旦那のことが好きで向こうだって同じなのに、それじゃ勿体ないよ」


台詞の意味をひとつずつ理解し、幸村はそろりと顔を上げた。


「…会いにいってどうするのだ。こちらから拒否しておいて合わせる顔など…」

「ちゃんと説明すればいいんだって。旦那は悪くない。もちろん伊達の旦那もね。勘違いさせたままなんてお互い息苦しいし」

「……うむ」

「変に気負ったりしなくていいんだよ。普通に行って普通に話す!…で、昨日のことちょっと謝って、どうするかちゃんと決めればさ」


手元に視線を固定して幸村は聞いていたが、少ししてゆっくり頷いた。


…幸村に必要なもの。
今は、道を示してくれる存在だと思う。


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