現世乱武小説
危惧を払拭するは・伍
「んがっ!」
よし。
これ以上ない手応えだ。
その証拠にこちらの肘も相当痛かったが、そこを気にしたら格好がつかないので堪える。
一方小十郎はのけ反って顔の中心を片手で覆っていた。
日頃動じない人だけに新鮮な反応が面白い。
「っ…、肘で……鼻はないだろ…」
「だいじょぶだいじょぶ。先生鼻高いから少しくらい低くなっても問題ないよ」
「テメェ…。今度寝技で一晩しめる」
「う……それ勘弁…、……つーか!紛らわしい態度とるのが悪いんでしょうがっ」
「悪かったって」
いくらノリでもやっていいことと悪いことがある。
もちろん、物事に対する価値観なんてみんなバラバラだから。俺にとって重大なことでも片倉さんにとってはほんの些事で、何にでも取り替えがきくものであることだって有り得るわけで。
裏を返せば、俺が他の誰かに抱かれたところで片倉さんはなんの干渉もしなければなんの感慨も抱かないということだろう。
瞳が暗く沈みかけたとき、
「…試したかっただけだ」
ぽつりと、聞こえなかったらそれでも構わないといった様子で小十郎が呟いた。
どことなくしゅんとしているような、拗ねているような口調に小首を傾げる。
「…何を?」
普通に訊ねただけだったが、小十郎は言わなきゃよかったと顔に書いて言葉を詰まらせた。
しかしここで引き下がるような甘い性格ではない。
視線で数秒詰問すると観念したらしい溜息が返ってきた。
「……お前が、どうするか」
鼻をさすったまま小十郎は言葉を紡いでいく。
軽い男だと思って俺のもとから離れるか。
そんなこと気にせず受け入れて今までどおりにするか。
もしくは俺ではなく架空の相手に怒りを向けて行動にでるか。
結果的に最後の形になりかけたわけだが、もし最初の形になってしまったらそれはそれで自業自得、半ば賭けだったのだと。
「…でも、俺様ならそこで諦めたり出来ないけどね」
自分で蒔いた種だから仕方ない別れよう。そんな風にはきっと思えない。
だからやっぱり、片倉さんより俺のほうが依存してしまっているんだ。
そう思って自虐的に嗤おうとしたとき。
「お互い様だ。手放したあとまた取り戻すつもりだったからな」
「……、」
――ああ。
その付け足されたさりげない台詞がどれだけ俺を救っているのかなんて、この人は知らないんだろう。
「………ずるい」
「あ?ズルなんざしてねぇよ」
「……。…うん、してない」
「はあ?」
だって、これがまるまるこの人だから。
ズルも何もない。いわば俺様キラー。
「…あんたは俺のだから」
「……、そうだな」
満足そうに笑って小十郎は腕に佐助を収めた。
「お前も俺のものだ。手放しやしねぇさ――」
狂おしいほど甘く耳に届く。
強く強く抱きしめられ、ようやく佐助の溜飲は下がった。
fin.
おまけ、あとがき→
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