現世乱武小説
ホワイトマン(左三)
「……」
やっぱり、辞すればよかったかもしれない。
左近は色を失った顔で顎を持ち上げたまま白くなっていた。
…否、白いのは俺じゃない。
目の前にそびえ立つ城のほうだ。
「さぁ、えんりょせず」
「……」
にこりと人のいい笑顔を向ける謙信。
イメージ的にはこの人も"白"だ。ああ白だとも。
…だが、住んでいる家(と形容していいのか不明だが)やその周囲を囲う塀、その他諸々がこうも見事に白いというのはどうなんだ。
えーと、どこかで見たことあるぞ、この形の城。
記憶の糸を辿っていくと、カラーフィルタが所々にかけられていく。
そして周りに花火なんかを添えてみれば…
「……あ、」
判った。
某アトラクション遊園地のシンデレラ城とかいうやつだ。
…気付かないほうがよかったかもしれない。
一体何を夢見てシンデレラ城に似せた家なんぞに住んでいるんだ、この人は。
いつまでたってもぼんやり突っ立っているだけの左近のことを、どうやら遠慮していると取ったらしい謙信に背を押されて恐る恐る敷地に足を踏み入れる。
城の入口までにもう一件普通の家が建ちそうな空間があるが、そこは一面に芝が敷き詰められていた。
それが唯一の色。緑だ。もし白い砂利なんかだったら恐らく今頃俺は逃げ出している。
その芝の上に、緩やかに蛇行した道が敷かれていた。
言わずとも判ってくれるだろうが、これまた純白。
土汚れひとつ見当たらない。
左近はそのコンクリートの上を歩きながら、ちらりと後ろを振り返ってみた。
当然普通の道を歩いてきたため靴跡には泥が。
そっと謙信の靴跡も確認してみて、息を呑んだ。
靴跡がない。
というか、靴底が地についていない。
爪先なのだ。
バレリーナさながらに爪先でちょんちょん歩いていた。
…ちょっと待て、この人ずっと俺の隣でこんな歩き方してたのか…?
「どうかしましたか?」
「……いえ」
見なけりゃよかった…
夢に出てきそうだ。
左近は目頭を押さえて無理矢理笑った。
そうでもしなくては涙が出そうだ。
左近一人分の足跡を残して、二人で長い道を渡りきった。
玄関の前に立ち、近くで鍵穴、呼び鈴、郵便受け等が本当に純白であるのを目にするともはや諦めが出てきた。
そうだ、更なるショックを受ける前にこういうものなんだと思ってしまえ。
寧ろ色が着いているものに驚こう。
覚悟したはずなのに、謙信のポケットから出てきた鍵まで白いのを見るとあまりにも玩具地味ていてなんだか疑わしくなってしまう。
「…本物ですか、それ」
「ええ、ほんものですよ」
「え、鉄なんですか?」
「てつですよ」
……。
嘘つけっ
心の叫びを抑え、やんわりとした笑顔にぎこちないそれを返して鍵が穴に収まる様を見届けた。
家の中でもきっと白しかないのだろうと踏んでいたが、呆気なく予想は外れた。
玄関は確かに白かった。
謙信の靴も白いので、左近の黒い革靴が奇妙に浮いて見えたくらいだ。
しかしふと顔を上げてみれば、玄関の壁の少し上のほう。
そこに花の絵が掛けられていた。
もちろんちゃんと色も着いていて、白い額に収まってはいるものの美しい水仙の絵。
「……」
ひどく裏切られた気分になっている左近を残して謙信は先に進んでいた。
そしてそのとき目に飛び込んできたのは謙信の靴下。
白では、なかった。
…水色だ。
なんの模様もない、無地の。
これを訊かずしてどうする。
頭のことは、もしかしたら触れてほしくないから隠しているのかもしれないが、明らかに突っ込んで欲しいからこその水色であるはずだ。
「…あの」
「なにか」
くるりとこちらを振り返ると、真っ白の中にぼうっと顔だけ浮かび上がっているようでなかなか恐怖だ。
「なんで白じゃないんです?」
視線で靴下を示すと、謙信もこちらの視線の先を目で追って俯いた。
石で出来ているらしい床は眩しくなるほどの純白。同じく純白のスーツのズボンに挟まれる形になったそこに、不自然に水色がある。
答に困っているのか、謙信は考えるように少し黙り込んだがすっと顔を上げてこちらを見た。
「しろのほうがよかったですか?」
「え…と、」
問い返されてしまった。
まさかの反応にたじろいだが、ここまで白一色を徹底しておきながら(まあ水仙の絵は別として)そこだけ水色はないだろうと、躊躇いつつ首肯した。
いいか悪いかは別として。
「では、こんどかっておきましょう」
「買うって…白の靴下持ってないんですか?」
「みずいろのみです」
「………」
なんでだよっ
突っ込みどころがありすぎて、先に進むのが恐ろしく感じた。
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