現世乱武小説
期待と不安(左三)
「秀吉直々に人間の在り方を説いているというのに…君たちの態度はなんだい?
最近幸村君が居眠りしないようになったかと思ったら今度は私語…
弁えてもらわないと困るよ」
「……」
教室から出た廊下で三成、兼続、政宗、幸村は一列に並ばされていた。
その前を行ったり来たりしながら腕を組む半兵衞のこめかみには、青筋こそ見当たらなかったが若干ひくついているようだった。
そのとき、何かを叩きつけるようなバァンという破壊音が背後の教室から轟いた。
五人の肩が反射的にびくりと跳ねたが、あくまでも半兵衛は涼怒の相を崩さない。
おそらく秀吉が誤って黒板消しを黒板に投げ付けてしまったのだろう。
有り余る力を持て余しているのか、たまに秀吉の手にはそういったトラブルが発生する。
続けてめきゃ、というひしゃげる音が地味に聞こえてきた。
これも聞いたことがある。秀吉が黒板消しを握り潰してしまったときによく聞く音だ。
「…なんでいつもゴリの授業についてんだよ」
変な汗をかきつつこっそりと溜息混じりに口の中で呟かれた政宗の声。
ともすれば聞き逃してしまいそうになるそんな囁きを、半兵衛はばっちり聞いていた。
「なんでって…、秀吉の授業だよ?僕からすれば聞かずにいられる君たちの気が知れない。あの声の破壊力…痺れるじゃないか」
「……」
前々からこの副担任はおかしなところがあったが、今日改めてそれを知った。
要するに…
「変態でござる…」
「「「……!」」」
「……」
ぽつりと、どことなく拗ねたような口調で幸村が言った。言ってしまった。
政宗の呟きとは違い、控えてはいるが明瞭な口調。
半兵衛から表情が消えた。
きっかり五秒固まったかと思うと、おもむろにスーツのポケットからチョークを取り出す。
…否、あれはチョークなんて生易しいものではない。
「…幸村君、随分と楽しいことを言ってくれるね」
ひゅっと半兵衛が腕を振るうと、チョークがカシンカシンと音を立てて伸びた。
更にそれらの関節のあまりの細かさにまるで鞭のようにしなやかに波を描きながら先端は床に着いている。
チョークに見せかけた、しなる黒板指し。
これがこの男が調教師たる由縁。
…ちなみに実際黒板の文字を指し示すときに使われている現場は未だかつて誰も見たことがない。
まぁやってみたところで垂れてしまい床しか指さないのだろうが。
ごくりと四人で生唾を飲み、少しずつ調教師から距離を取ろうとじりじり後退していく。
そんなこちらの様子を冷ややかに眺め、半兵衛は口元のみに薄く微笑を張り付けた。
軽く手首を返してぱしりと床を叩き、同時に瞳孔が開く。
「…これが欲しいんだろう?」
「「「「ッ…結構ですっ!!」」」」
息を呑むタイミングまでをも綺麗に揃えて叫び、全力で逃げ出した。
追ってくるかと思われたが、半兵衛が追跡してくる気配はなかった。大方、握り潰された黒板消しの代わりに新しいものを取りに行ったのだろう。
授業が終わった頃にそろそろと教室に戻り、残りの授業を適当に受けていく。
帰る時間が近づいてくるにつれて、三成の胸のうちには左近のことでいっぱいになっていった。
今夜はバイトが入っているため、左近が帰ってきてもしアパートを訪れても勘違いしないように置き手紙を残しておこう。
もし怒っていなければきっと迎えに来てくれるはずだ。
店に顔を出して、いつものように困ったように笑ってくれるはずだ。
楽しみのような、不安のような。
曖昧な思いで気持ちを落ち着かせようと細く息を吐いた。
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