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現世乱武小説
向き合って前進(左三)


「では、景勝様。行って参ります」

「…行って……きます」

「ん」


言い慣れない言葉を口にすると何故かひどく照れを覚えてしまう。
兼続と並んで景勝に軽く頭を下げたが、視線は斜め下にやったまま上げることが出来なかった。

景勝がいた書斎の前を離れ、兼続に続いて廊下を歩いていく。


「三成、昨晩お前は一泊でいいと言っていたが、何かあったら遠慮なく私を頼ってくれていいからな」

「…ああ。世話をかける」


兼続の温かさに小さく笑って返すと同時に、軽く鼻をすすった。
朝起きてから止まらないのだが、風邪かと慌てる兼続を余所に鼻をかむこともせずたいして気にしていない。
熱もないようだし咳もないので風邪などではないだろう。


制服で二人揃って玄関を出ると、今朝早くに来ていた三人のお手伝いさん全員が見送りに来てくれた。


いってらっしゃいませという決まり文句に自然に切り返すことはやはり出来ず、左近に言われたときはどうしていたか思い出そうとしたが無意識に何かしら返していたためか覚えていない。


しかし急遽朝食を一人分多く作ってもらったりと、何かと迷惑をかけてしまった身として礼は弁えようと深く頭だけは下げた。


学校へと向かいながら、背筋を伸ばして歩く兼続をちらりと見遣る。

――素直に接することしか出来ぬ者

景勝にそうたとえられた兼続は、確かに誰にでも平等で素直で。

それが羨ましい。
俺にないものを持っている兼続が、羨ましい。


「…兼続、」

だから、訊いてみようと思った。
少しでも自分と同じ気持ちになったことがあるなら、まだこちらも変わる余地があるんじゃないかと期待できるから。

どうしたと言って俺を見下ろす兼続。

「…言いたいことが言えなくなるときとか…あるか?」

「んん?そうだな…」


少し考えて、兼続はすぐに首を縦に振ってくれた。
それがすごく俺にとって救いに思えてほっとしていると、隣で兼続がどことなく哀しそうに微笑しながら続ける。


「ああ……ある、あるぞ。つい最近だが、お前が休んだ金曜日に授業が始まる前元就と愛について論じていたのだ。
しかし時間というものは矢のように過ぎていくからな。担任が来てしまってはそれもままならん」

「あ……そういう感じで"ある"のか…」


肩透かしを食らったような気分で、咄嗟に何も反応出来なかった。
どこかずれた解釈をされたらしいが、取り違えるということは三成が言うほうの経験がないからなのだろうと漠然と判る。


やっぱり元で決まってしまうのだろうか。
だとすると、もう左近はこちらを見てくれないかもしれない。


そう考えるだけで喉がきゅっと苦しくなる。
こんなに俺を掻き回しておいて、あいつにはおそらくその自覚はない。

なんだかこちらが一方的に左近に思いを寄せているようで悔しかった。


「三成?どうしたぼーっとして…。やはり具合でも悪いのか?」

「いや…大丈夫だ。気にするな」


こんな風に…誰かを心配したことがあっただろうか。

次々と判明する兼続の長所は、容赦なく己の短所に変換されていく。
自分と真逆の幸村に会ったらダメージは尋常ではない気がする。


しかし、だからといって背を向けてはいけない。
向き合わないとダメだ。


でないと、左近と離れた意味がない。
次に会ったときに少しだけでも変わったと思ってもらうためにも。

…確か、早くて今夜に帰ると言っていたか。
それまでには、と三成はこっそり気合いを入れた。


変わってみようと考えるようになった己は既に前までの己ではないということには、三成はまだ気付いていなかった。


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