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現世乱武小説
左近の野望(左三)


ぱらぱらとスーツ姿の背中がドアへと消えていく。
会議用の長机に置いてあった己の資料をファイルに挟み、左近はぞんざいにカバンに詰め込んだ。

すると、隣で同様にファイルに資料を挟みながらも、丁寧にカバンに差し込んでいた中性的な顔立ちの男が小さく笑った。


「そのようにいやなかおをしないでください」

「…嫌にもなりますよ」


左近は重々しい溜息をつき、長机に突っ伏した。


案が通らなかったわけではない。
寧ろその逆で、左近のデザインを見てやろうと会社の奴らがそこかしこから偵察に来て、揚句の果てにはあれやこれやと議論を始めたのだから。
しかしその内容がまたねちっこいことこの上ない。
さらには今度使えるかもしれんメモを取らせてもらおう、などと言い出す始末。

人のものを堂々と横取りしようだなんて、一体どの口がさえずっているのやら。


結局依頼人からは何もアドバイスをもらうことが出来ず、こんなことなら三成の言うとおりファックスで済ませたほうがよかったくらいだ。


確かに謙信直々に呼ばれるというのは異例だろう。
その異例を一度でも見ておきたいと思う気持ちは判らなくもないが、見られるこちらはたまったもんじゃない。
それも仕事中だというのに。

おかげで依頼人とまったく話せなかった。


「あなたをみとめているあかしです」


しかし、そんな気持ちを知る由もない謙信はまるで励ますようにいつになく穏やかな口調で言う。
元を辿れば筒井の下から左近を引き抜いたこの人物に行きついたりするのだが、本人はそれ故左近が色眼鏡で見られていることに気付いていないらしい。


「まさか後日、なんてなりませんよね…?」


一番怖れているのはそこだった。
向こうにも都合があるようで今日のところはここまでだが、商品を造り上げるにあたってあんな打ち合わせで終わるはずがないのだ。

他の連中がいる中ではさすがに訊けないことなので、謙信と二人になってようやく危惧を吐露する。
しかし、やはりというかなんというか、謙信は柳眉を潜めて目を閉じかぶりを振った。


「…よていをたて、ふたたびまみえることになりましょう」

「……だよなぁ」


机に額を当てて細く長い溜息をつく左近に謙信が困ったように訊ねた。


「なにか、せんやくがありましたか…?」

「先約…」


あれは…約束なのか?
苦し紛れに言ったあの台詞を三成さんが覚えているかは不明だ。
それに自分は社会人。
周りに歩調を合わせなくてはいけない。


「――いえ。予定明けときますんで、いつ来れるかあとで確認取ってもらえます?」

「かまいませんが……おなじものをもういちどみせるのですか?」

「ま、それで済むってんなら有り難いんですがね。こいつはもう諦めようかと」


先程の資料をしまったカバンをばふんと叩いて言うと、謙信が切れ長の目を見開いた。


「…ねりなおすと?」


相手に軽く頷き、これを見たときの依頼人の表情を思い出す。
あの顔は…満足していない。
外野が騒がしすぎて込み入った話は出来なかったが、それだけは判った。

それに、たとえ満足してくれたとしてもおそらく同じように書き直しを申し出ただろう。
せっかく設計出来るのに他の輩と同じ中身になってしまうなら、なにも自分でなくてもいいのだ。

周りがこちらの真似をするというならそれでもいい。
ただ、それを待っててやる義理もないのも事実。それだけのことだ。


「あーそうだ、どっか空いてる部屋ってあります?」


自分のデスクはあるらしいが、先程の連中がいる中で新しい構図を引くのは気が乗らない。

謙信は少し考え込んで、こちらの意を察したのか柔らかく笑った。


「そういうことでしたら、わたくしのいえでゆっくりさぎょうしてください」

「え……い、家、ですか?」

「ええ、わたくしいがいにいませんから」


まさかそんなことを言われるとは思っていなかったため度肝を抜かれた。

謙信の自宅というものを想像していなかったとか、そういうわけではなくて。

家といえばプライバシー溢れる個人の空間。
つまり、当然着替えたりもするわけで…


「……と、とうとう…」


とうとう、この巾の中身が明かされるというのか。
企業秘密的なオーラが出ていたため訊ねることすら禁じられていたような、謙信の頭に関する諸事情。


「是非、お邪魔させていただきます」


にこやかに微笑む謙信には申し訳ないが、左近の中には巾の中身を見てやるという野望が渦巻いていた。


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