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現世乱武小説
大切な貴方(左三)


大切な者に素直に接するには
どうしたらいいか


その質問に、景勝は優しげに微笑した。
その笑みが、よく言ってくれた、と言っているようでなんだかむず痒い。

紛らわせようと立ててもらった茶を啜っていると、ふむと景勝は腕を組んで思案顔になる。
そしてまずは、と口を開いた。


「己に素直にならんとな」

「……」


自分の気持ちに素直になれれば、自ずと他人にも素直になれるものだ、と。

だが一方で、と景勝は続ける。


「素直になれんのも……また個性だ」

「…個性」

「ああ。それを握り潰してしまうのは、素直に接することしか出来ぬ者にとっては勿体なくもある」


それは…誰のことを言っているのだろう。
どこか刹那的な哀しそうな瞳は、三成を見ていたが三成ではなく別の何かを映しているように思えた。

きっと、景勝にとって大切な者。
労るような慈しみに満ちた眼差しを注ぐに足る存在。
月並みに言えば、かけがえのない人。


そのとき、扉が開く音が小さく聞こえた。
一拍置いてから声が張られる。


「兼続、ただ今戻りましたぁー!!」


それを聞いた景勝の表情が僅か和らいだのを見逃さなかった。

そしてぴんときた。

素直に接することしか出来ない者――景勝の大切な人。


そっと景勝の様子を盗み見ると、景勝は衣擦れの音を立ててゆっくり立ち上がった。


「私は席を外そう。兼続を代わりに連れてくる」


ここで待っていろ、と言い置いて景勝は部屋を出ていった。

自分といるより友人である兼続とのほうが三成も気を遣わないで済むと思ったのかもしれない。
客人を一人にするわけにはいかないと気を揉んでくれていたのだと今更気付いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


聞き取ることは出来ないが、何やら二人の話し声が聞こえてくる。
少ししてぱたぱたという慌ただしい足音が一つ遠退いていった。

…だいぶ厄介になってしまってるな。

重い頭をゆっくり上げて月を見上げる。
先程よりやや上に移動したそれにまた心を奪われる。

まったくの無音ではなく、植え込みからは微かな虫の鳴き声が届いてくる。
……確かに、思い込みでも心が浄化されたような気分になる。
素裸な自分になれた気分になる。
まぁ、こう考えてしまうということはきっと何かを抱え込んでいる証拠なのだろうが。


「三成!待たせたなっ」

「兼続…すまんな、無理言って」


全力で自転車を駆ったためか、軽く肩を揺らして呼吸を整えている。手には、三成が頼んだ制服とカバンとタオル。


……ん?


タオル…?


「ああこれか。景勝様がな、お前の髪が濡れているから風邪でも引かれたら大変だと言って私に持たせたのだ」


きょとんとするこちらを見兼ねて説明してくれた兼続がタオルを差し出してくる。

ああ…こんな環境で育てば誰しも兼続のようになるのかもしれない。

温かすぎる。
しかし決して清廉潔白なわけではなく、ちゃんと世の穢れを知っていて、それでいて綺麗な空間。


「……世話をかける」


タオルを受け取り、すっかり凍えきってしまった髪を包み込む。
三成の荷物を部屋の隅に置いた兼続は、小さくなる三成に苦笑を返した。


「あの方はそういうお方だ。…しっかり相手を見ている」


それは外見だけではなく、自分で見つめ直すことを忌避するような内面まで。
誰かが傷ついたとき、ああいう人物が近くにいてくれれば安心するのかもしれない。



…左近にも、そういうところがある。

何を言うでもなく自然と察してくれて、さらりとした態度の中にいくつもの配慮を忍ばせて。

気が付けば、いつもそうやって護られていた。



だからなのだろうか。



子供扱いされたと思ったあのとき。
その左近の温かさを大人の余裕だと判じ、余裕ぶる相手に引け目を感じたのかもしれない。


相手をちゃんと見て、察することが出来て、優しい。

それが左近なのに。
嫉妬するなんて馬鹿げていた。


「兼続…」

「? どうし…」


こちらを見るなり驚いたように目を見開いて固まる兼続に構わず、三成はこの家に感謝しつつ続ける。


「泊まるのは……一晩だけにする」


今から帰ってもよかったが、さすがにここまでしてくれた兼続に申し訳なくて言えなかった。

そのときの三成は、兼続が驚くほどさっぱりした綺麗な笑顔だった。


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