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現世乱武小説
助言、求む(左三)


横開きの和一色の扉を開けて家の中に入り、上がるに上がれず三成は所在なげに玄関に繋がっている廊下に腰を下ろしていた。

少しして襖が開く小さな音と、控えめで上品な足音が近づいてくる。
焦ることなくその足音は三成と若干距離を取ったところで止まり、ハスキーボイスで話し掛けられた。


「兼続はどうした?」


至極落ち着いた物言い。
振り返れば、深い緑青色の着流しに美しい深緑の羽織を着た景勝がこちらを見つめていた。

三成は会釈程度に頭を下げて立ち上がる。


「兼続は俺の頼みでアパートまで行ってくれている。…今晩、世話になる」


改めて丁寧に腰を折ると、景勝は短くよい、とだけ残し背を向けた。

少し伸びた黒の襟足が羽織りの衿にかかっているのを何となしに見つめている三成に、景勝は顔だけこちらに向けて声を寄越す。


「上がれ。…茶でも煎れよう」


まるでこの家自体に溶け込んでしまいそうな、威厳を備えつつも穏やかな雰囲気。
やはりいつ会っても上杉景勝という人物の大きさを思い知らされる。

自然とこちらも礼儀を正そうと思ってしまうのだ。
この人に無礼を働いてはならないと、肌で感じる。


三成よりは少し上背のある後ろ姿のあとを慌てて追い、いくつにも分かれる廊下を軋ませていく。

ここには二人しか済んでいない。
昼間はお手伝いさんとやらが数人入るらしいが、生活しているのは基本的に景勝と兼続のみ。
使っていない部屋は数知れず、といった感じだ。


前を行く背中が曲がっていった廊下に続くと、右手にだだっ広い部屋が現れた。
景勝はそこに足を踏み入れ、閉じられていた障子を静かに開く。


「……見事だ」


思わずそう呟いていた。
開け放たれたそこはすぐに縁側になっていたが、視線はそれよりもっと上に釘付けになる。

ゆっくりと三成は進み出て、縁側に立った。

闇にぼうと浮かぶ二本の松の影は目を見張るほど素晴らしく、幹は節くれだち隆々としていながらもひっそりと佇んでいる。
そしてそのあいだに収まるようにして在るのは、煌々と輝く下弦の月。
雲すら息を潜める、美しすぎる光。
その光を受けて、松の木は切り絵のようにくっきりと姿を晒していた。


「気に入ったか」

「ああ…」


呆然と縁側に立ち尽くして空を見上げる三成に、景勝がほんの少しだけ笑んだ。

そして部屋の隅に寄せてあった茶器を取り出し、目を伏せて茶を立て始める。
それによって耳に届く微かな雑音が心地いい。

静かすぎると、月に呑まれてしまいそうになるから。
安心して眺めることが出来た。


「…そうしていると、思い込みでも浄化された気になってな。私は…そうして自身を見つめ直す」

「……そう、か」


何故か、景勝の言葉が胸に重くのしかかる。
今自分に必要なのは、まさに己を見つめ直す時間だと思う。


胡座をかいた景勝が片手で茶が入った器を差し出してくる。
咄嗟に普通に受け取りそうになったが寸手のところで両手に持ち替えてすとんと正座になった。
それを見た景勝がくすりと笑う。


「作法などよい」

「え、あ…」


かあ、と顔が熱を持ってくるのが判る。
おずおずと足を崩して器に口をつけ、ちらりと向かいの景勝の様子を窺う。

細められた目が三成の頭を通り越して月を捉えていた。
先の言葉は…本当に景勝自身のことだったのだろうか。
俺の心のうちを察しての台詞だったのではないか。

そう思うと、促されてもいないのに自然と口が開いた。


「……、大切な者に…」

「ん?」

「あ……いや、いい」


落ち着いた大人の色を称える瞳がこちらに向けられると、何も言えなくなってしまう。

もしこれを訊ねたら、この人はなんと返してくれるのか。
アドバイスを求めるべきでないことは判っていたが、何も言わずして胸の内側を汲み取ってくれたからだろう、何か…なんでもいいから助言してほしかった。


「……あの…」


遠慮がちに再度口を開くと、どこまでも真摯な眼差しとぶつかる。
図々しくて気が引けたが、ひとつ息を吸ってしっかり向かい合った。


「大切な者に素直に接するには……どうしたらいいと思う…?」


ようやっと紡がれた三成の言葉に、景勝の双眸は優しげに細められた。


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あきゅろす。
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