現世乱武小説
時間と距離(左三)
いないだろうとは思ったが、一応三成のアパートまで来てみた。
三階の奥から二番目の部屋。そこが三成の部屋だが、見上げてみてもやはり電気はついていない。
左近は車の窓から頭を引っ込め、参ったなぁと呟きシートに深く寄り掛かった。
俺が知ってるここには…まず来ないだろう。
会いたくないから脱走したんだろうし。
…となると。
思い浮かぶのは三成の友人たちの顔。
とはいっても政宗と幸村はデートだし、兼続の家は知らない。
「あぁー…」
ハンドルに腕を預け、上に頭を乗せる。
あんな綺麗な人が夜道を一人で歩き回れるほどこの国の治安はよくない。
実際襲われたことだってあるくせに、あの佳人はそういうところには無頓着なのだ。
……仕方ない。
とりあえずここら一体を探してまわるか。
身体を起こしてエンジンをかけ、暗い気持ちのままふとフロントガラスに目を向けたとき。
「……え、……あ、あれ?」
先を照らすライトに、向こうから自転車を走らせてくる人影の顔を認めた。
そしてそれは、つい先程まで考えていた人物。
「ちょ……兼続さんっ」
がばりとドアを開けて悠々とペダルを漕ぐその人を呼ぶと、油が足りないらしく甲高いブレーキ音が耳をつんざいた。
奥歯を噛み締めてそれをやり過ごしていると、逆光によって見えていないらしい兼続が目を…否、顔を凝らしてこちらを見つめる。
「……左近か…?」
「ええ、左近です」
ライトを消してやると、改めて「おぉ左近か!」と叫ばれた。
にこやかな笑みを浮かべて自転車から下り、運転席側に歩み寄ってくる。
「なんであんたがこんなところに…?」
「いやなに、三成の部屋に用があってな。三成に用か?あいつならここにはいないぞ」
チャラ…と音を立てて兼続はパンツのポケットから鍵を取り出す。
それは見慣れた、三成本人の所有物だった。
おそらく兼続さんに鍵を託し、俺との接触を避けたのだろう。
ところが当の兼続さんには俺が原因で帰れないことを伝えていない。……と、まぁそんなところか。
「三成さん、あんたのとこにいるのか」
「ああ。何かあったらしいが…何も聞いていないな」
思案顔で兼続は続ける。
「伝言なら承るが?それとも共に来るか?急ぎならそのほうが早いだろう」
「…いや、無事ならいいんだ。俺に会ったことは黙っといてくれるかい?」
「? …判った。では私は行くぞ。あまり遅くなっても心配をかけてしまうからな」
「ああ。暗いから帰りのチャリ、気をつけな。それと、油は定期的に挿してやったほうがいい」
「うむ、痛み入る。ホッピングは何台もあるが自転車はこれ一台のみだからな…重宝しなくては」
言いながら自転車を転がしてアパートの階段に向かう兼続の後ろ姿を見届け、左近はライトをつけて車を動かした。
ひとまず、三成の安否が確認できてだいぶ気が楽になった。
兼続のもとならまず危険はないだろう。
それにしても兼続の人となりには驚かされた。
もし自分があの立場でも伝言など聞いてやれるほどの配慮は出来なかったと思う。
ホッピングのくだりはよく判らなかったが、あの自転車が壊れたらホッピングで出かけるのだろうか。
「……」
それは可哀相すぎる気がする。今度会ったら自転車のメンテナンスでもしてやるか。
なんにせよ、これで俺はマンションに帰っても問題ない…よな?
ちゃっちゃと仕事を終わらせてちゃっちゃと帰ってこよう。
そのとき三成がまだアパートに戻っていないようなら電話でもかけてやるつもりだった。
あの人のことだ、どうせ自信がなくて顔を合わせられないのだろう。
だったらこっちから迎えに行ってやろうじゃないか。
避けられても、逃げ場がないほどに抱きしめてしまえ。
そのあとに蓄積した闇を少しずつ拭ってやることが出来たら、それが最大の願いだ。
そうしたら、もっと距離を縮めることも出来るかもしれない。
今は大人しく帰るだけしか出来ないが、少し離れることもときには大切なのだ。
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