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現世乱武小説
真の義士(左三)


むわっとした温ったるい空気の中、三成は湿った髪を欝陶しそうに振って目の前にどんとそそり立つ大きな門を見上げた。

日は完全に沈み、ぼうっと淡い橙の明かりが立派な木製の表玄関の屋根からこちらの足元を柔らかく照らしてくる。
踏み外さないよう石段を注意して上り、閉まった門の脇にぶら下がった表札の下に備え付けられたインターホンをそっと押した。


表札には、達筆な「上杉」の文字。


『私が直江兼続だ』


少ししてからくぐもった兼続の声がスピーカーから聞こえてくる。
性格を顕したようなはきはきとした口調に、何故か声が詰まってしまい何も返せない。


『…む?私から伺い出る必要がありそうだな。今少し待っていろ』

「……」


何も言ってこないのを見兼ねてか、兼続は軽い雑音を立ててインターホンを切った。

…というか、相手が黙っているのに出てくるということはこいつ、悪戯でピンポンダッシュされてもなんの疑いもなくがっつり引っ掛かるのだろうか。
律儀も過ぎると可哀相だ…


頭半分でそんなことを考え、もう半分ではやはり会わないほうがいいかもしれないなどと考えてしまう。
表札を見ても判るとおり、ここは決して兼続個人の家ではない。
山形県にある兼続の実家からでは高校に通えないからと、下宿先として住まわせてもらっているにすぎないのだ。

そんな場所に身を寄せようなどおこがましいにも程がある、という引け目を感じてのことだった。


門によって中を窺うことは出来ないが、カラカラという小気味よい音に続いて砂利が擦れる若干大きな摩擦音。
次第に規則正しいその音が近くなり、鈍く軋みながら両開きの門の片側が勝手に引かれる。

異常なまでに緊張しつつ、門の隙間から顔を突き出す人物をちらりと見遣った。


「……む?三成…?」

「や、夜分に……すまん、兼続」

「なに、構わんさ。それよりどうした。こんな時間に一人で…」

「あ……その…」


ここの家は、あの旅館から三成のアパートまでと大体同じくらいの距離がある。
しかし、アパートに帰ってもし左近が来たら…
そう思うと、自然と足は家路から逸れた。

いきなり押しかけてこんなことを言うのは非常識だということくらい判っているつもりだが、今の自分が頼れる人物といったら付き合いの長い兼続くらい。

三成は頭を下げ、ぼそりと小さく呟いた。


「…今晩、泊めてくれないか」


当然、兼続は初め驚いていた。
しかしたいして間を空けることなく「ちょっと待っていろ」とだけ言い残すと、反転して足早に砂利を抜けて室内へと消えていった。

おそらくこの家の主に話を持ち掛けに行ってくれているのだろう。


暗くてよく見えないが、この家は屋敷と呼べるほどの敷地を持っている。
兼続が慕っている上杉謙信の養子にあたるらしいここの家主は、上杉景勝という。
三成自身会ったこともあるが、対面するだけで器の大きさを窺い知ることが出来た。
あの謙信の下で育ったというのに口調は固く、饒舌な謙信とは違い寡黙な人物。

兼続と寝食を共にしているだけあってかなり義に厚く、恩は何倍にもしなければ返したことにならないという思考を持った現代を生きるには寛大すぎる性格をしていた。


だから、泊めてもらえるかどうかは実のところあまり心配していない。
しかしその人間性を利用するようにここを訪れた自分自身が恨めしかった。


再び砂利を踏む足音が近づいてきて、顔を出した兼続が微笑を称えて敷地内に招き入れてくれた。


「何日いても好きにしていいそうだ。だが三成、制服はどうするつもりだ?私も二着は持っていないぞ」

「……あ、」


兼続と景勝への申し訳なさばかりに気を取られていて明日のことまで頭がまわっていなかった。

そんな様子に兼続は苦笑し、間の抜けた顔で白くなる三成の肩をぽんと叩き、

「やはりな。何か事情があったのだろう。
帰れない理由があるなら私が代わりに制服だけ取ってくるが?」

と申し出てきた。

自らパシられてくれるのか…
お前という奴は…!


「…兼続」

「ん?」

「お前は…これ以上ない義士だ」


心の底からそう思った。


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あきゅろす。
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